ペパン『エイズの起源』(みすず書房、2013)

エイズの歴史を通じて20世紀の医療・疾病のグローバル・ヒストリーを描いた傑作。国際保健衛生学はもちろん、帝国主義と医学・疾病の歴史を中心に歴史学者たちにとっても必読の書物である。来年のセミナーの課題図書の一つにしよう。

 

大きな特徴は医者が書いた歴史の本であるということである。医者であるから、ウィルスの系統樹や「分子時計」と呼ばれるテクニックを用いて、HIVウィルスの分布や発生の場所とタイミングをかなりの程度特定する方法を持っていることである。このリサーチ・テクニックは、アメリカの医学史家ではペストで有名な中世史を筆頭に用いられ始め、これからの医学史研究が少なくとも協力者を見つけなければならない実験科学の方法である。もう一つが、歴史のリサーチ、特に疫学的にみて重要な部分が非常にしっかりしていることである。

 

歴史の視点としては以下の点が注目に値する。1) 人間と動物がつくる生態系の発想。もとともHIVにあたるウィルスはチンパンジーがかかる疾病として中央アフリカに存在していたが、このウィルスがヒトに感染できるような突然変異を起こしたこと。2) 植民地の労働。鉄道敷設のために今後に膨大な数の労働者が集められて、周密な居住環境がつくられたこと。3) 売春。この労働者たちはもちろんほとんどが若い男性であったが、現金収入をもつ若い男性が集住しているのだから、当然のように売春が横行した。4) 医原性。ここが議論のポイントだった時期がある。フーパーの The River は、HIV/AIDS はポリオワクチンの接種が引き起こした医原病であったという戦慄的な仮説を出した。この仮説は完全に反駁されるが、しかし、ペパンも医原性の感染があったことを積極的に認めている。帝国主義時代の宗主国が大規模に行った予防接種やさまざまな注射は、HIVの感染を確実に広めたにちがいない。5) カリブ海への移動。もともとはアフリカ、それも中央アフリカの疾病であったHIVは、第二次世界大戦後にハイチに移動した。ハイチにはフランス語を話せる黒人が存在し、彼らはコンゴなどに呼ばれて協力を求められていた。6) 売血産業。カリブ海中央アメリカでは売血が行われていた。これがHIVの感染の理由となった。(現代中国も同じであると聞く) 

 

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