ロバート・J・リフトン『ヒロシマを生き抜く―精神史的考察』桝井廸夫・湯浅信之・越智道夫・松田誠思訳、上・下巻(東京:岩波書店、2009)
著者はアメリカの精神医学者で、1970年の翻訳刊行時はイェール大の精神医学の教授であったとのこと。原著は1968年に出版されている。この本を読むのはこれが初めてで、医学史の研究者として恥ずかしく思う。原爆の医学的な被害について学部1・2年生の水準で読めるマテリアルを探していたのだが、本書の第3章「見えざる破壊」と第4章「原爆症」は、原子爆弾が広島に与えた疾病や病気、そしてそれがどのように被爆者たちに解釈されたのかをめぐる、素晴らしい導入的な文章である。1926年生まれのアメリカの精神医学者だから、リフトンは精神分析に深く影響されているが、その影響が良い方に出ている。非科学的ではあるが人々の原爆症の理解に大きな影響を与えた概念を丁寧に収集して真剣に分析する態度は、フロイトの子供の神経症の分析に通じるものがある。どこからともなくやってきて大きな影響力を持った「噂」などを分析する態度も、それを人々の無意識における欲望を結びつける形で面白い分析になっており、戦後のアメリカの精神分析の社会・文化的な視角が生きている。もともとは大学から借りたが、買って手元に置かなければならない本だから、原著はもちろん翻訳も買った。翻訳で単純な誤植が気になった。改版に備えて書いておくと、p.vi. の survor は survivor のことだろうし、「放射能」とあるべきところが「射放能」となっていたのもたぶん誤植だろう。