2014 大学院授業
今年の大学院の授業は4月9日水曜日2時限(10.45-) 慶應三田キャンパスの351-B の部屋になります。
目標―医学史入門・ディスカッションの作法・外国語エッセイの練習
1. 医学と医療の社会史における基本的な研究文献、基本的な一次資料のうちから抜粋して読み、どのような視点と素材が存在するのかを大まかにつかむことが目標である。医学史の一般的な文献入門については、Appendix 1 を参考にしていただきたい。
2. 毎週の授業では、その週の課題テキストについてのディスカッションを行う。散漫な議論ではなく、的確で深い議論ができるように、課題文を十分に読みこみ論点を深く考えてきてほしい。そのために、課題テキストを少なくしてある。また、それをディスカッションの場で生き生きと構築的な仕方で議論してもらいたい。
3. そのようなディスカッションを踏まえて、その週に議論したテキストについてのエッセイを書くことも、この授業のもう一つの活動である。そのエッセイをメール添付で教員に送ると、コメントがついて翌週に返却される。エッセイは教員の能力のため、実質上英語と日本語に限られる。英語であれば1,000語程度、日本語であれば1500字程度が適当な量。英語と日本語の文章を練習する方法については、Appendix 2 を参照のこと。
課題テキスト一覧表
Week 1 General Introduction
Frank Huisman and John Harley Warner, “Medical Histories”, in Frank Huisman and John Harley Warner, Locating Medical History: the Stories and their Meanings (Baltimore: Johns Hopkins University Press, 2004), 1-30.
Mark Jackson, “Introduction”, in Mark Jackson ed., The Oxford Handbook of the History of Medicine (Oxford: Oxford University Press, 2011), 1-17.
Week 2 Medicine and Patronage before 1800
Jewson, N.D., ‘Medical Knowledge and the Patronage System in 18th Century England,’ Sociology, 1974, 8: 369-85.
Week 3 Medical Consultations
Morgagni, Gianbattista, The Clinical Consultations of Gianbattista Morgagni, the edition of Enrico Benassi (1935), translated and revised by Saul Jarcho (Boston: The Francis A. Countway Library of Medicine, 1984) より抜粋
Week 4 The Hospital I
Fissell, Mary E., ‘The Disappearance of the Patient’s Narrative and the Invention of Hospital Medicine,’ in Roger French and Andrew Wear eds., British Medicine in an Age of Reform (London: Routledge, 1991), 92-109.
Week 5 The Hospital II
ミシェル・フーコー『臨床医学の誕生』神谷美恵子訳(東京:みすず書房、1969)より抜粋
ラエネック『聴診法原理及び肺結核論』原典1826年柴田進翻訳(東京:1950)より抜粋
Week 6 以降は未定だが、以下のマテリアルを考えている
Harley, David, “Rhetoric and the Social Construction of Sickness and Healing”, Social History of Medicine, 12(1999), 407-435.
Theriot, Nancy, “Negotiating Illness: Doctors, Patients, and Families in the Nineteenth Century”, Journal of the History of the Behavioral Sciences, vol.37, no.4, 349-368, 2001.
Pickstone, John, “Production, Community and Consumption: The Political Economy of Twentieth-Century Medicine”, in Roger Cooter and John Pickstone eds., Companion to Medicine in the Twentieth Century (London: Routledge, 2000).
石原修『衛生學上ヨリ見タル女工之現況』(東京:國家醫學會, 1913)より抜粋
砂原茂一『転換期の結核治療』(1958)より抜粋
Nikolas Rose and Carlos Novas, “Biological Citizenship”, in Aihwa Ong and Stephen J. Collier eds., Global Assemblages: Technology, Politics as Anthropological Problems (London: Wiley-Blackwell, 2004), 439-463.
Appendix 1 「医学史の過去・現在・未来―文献案内」
鈴木晃仁(慶應義塾大学)
この文章は、『科学史研究』53巻(2014)に掲載される鈴木晃仁「医学史の過去・現在・未来」に付随する文献案内である。本文自体が非常識に長くなったため、文献案内はReadに掲載することになった不体裁をお許しいただきたい。
筆者は10年ほど前に医学史の文献紹介を書いた。斉藤修他編『社会経済史学の課題と展望』(東京:有斐閣、2002)に掲載した「医学と医療の歴史」である。これは、社会経済史学に深い関連がある主題を選び、それと重なる重要な文献を紹介したものであるが、科学史の研究者にとっても参考になる部分があるので、そちらも参考にしていただきたい。
概論・レファレンス
a) 概論
医学史研究の近年の発展を反映して、いくつかのレファレンスが出版されている。1) 最も基本的なレファレンスで、主題や時代・地域ごとの研究ガイドと文献案内の形式を取っているのは、以下の4点である。研究者は、関連する項目を含む章を読み、そこで挙げられている文献をすべて読むことが、研究を始める前の作業であることを意識するべきである。
1) W.F. Bynum and Roy Porter eds., Companion Encyclopedia of the History of Medicine, 2 vols, (London: Routledge, 1992)
2) Kenneth F. Kiple ed., The Cambridge World History of Human Disease (Cambridge: Cambridge University Press, 1993)
3) Roger Cooter and John Pickstone eds., Companion to Medicine in the Twentieth Century (London: Routledge, 2000)
4) Mark Jackson ed., The Oxford Handbook of the History of Medicine (Oxford: Oxford University Press, 2011)
b) 人名事典
医学史関連の人名事典についても大きな進歩がみられる。イギリスでの経験でいうと、Oxford Dictionary of National Biographies などの一般的な人名事典・伝記事典における医師・医療関連者の記述は、めざましいほど内容が充実し、件数も増えた。おそらく、他の地域でも類似の現象がみられるのだろうと想像する。それ以外に、英語と日本語の次の人名事典が現れた。
5) W. F. Bynum and Helen Bynum eds., Dictionary of Medical Biography, 5 vols., (Westport: Greenwood Press, 2007)
6) 泉孝英編『日本近現代医学人名事典 1868-2011』(東京:医学書院、2012)
c) 教科書・一般書
新しい医学史が大学の授業の中で確立したことを反映して、数多くの教科書が出版された。その中で最も大規模なものは、イギリスの Open University が企画した合計4冊の教科書である。これらは、1500年から1930年までの医学史を、1800年を境界にして二つに分けて、それぞれの時代について、13の主題ごとに深く掘り下げて解説した教科書2冊、それに対応する必要な資料と研究文献を抜粋した資料集2冊からなる。
7) Peter Elmer ed., The Healing Arts: Health, Disease and Society in Europe, 1500-1800 (Manchester: Manchester University Press, 2004)
8) Peter Elmer and Ole Peter Grell eds., Health, Disease and Society in Europe, 1500-1800: A Sourcebook (Manchester: Manchester University Press, 2004)
9) Deborah Brunton ed., Medicine Transformed: Health, Disease and Society in Europe, 1800-1930 (Manchester: Manchester University Press, 2004)
10) Deborah Brunton ed., Health, Disease and Society in Europe, 1800-1930: A Source book (Manchester: Manchester University Press, 2004)
また、「身体の歴史」を標榜する領域においては、古代から20世紀までをカバーした以下の6巻本が教科書として標準的であり、それぞれの主題についての詳細な文献一覧を含んでいる。
11) Daniel H. Garrison ed., A Cultural History of the Human Body in Antiquity (Oxford: Berg, 2010)
12) Linda Kalof ed., A Cultural History of the Human Body in the Medieval Age (Oxford: Berg, 2010)
13) Linda Kalof and William Bynum eds., A Cultural History of the Human Body in the Renaissance (Oxford: Berg, 2010)
14) Carole Reeves ed., A Cultural History of the Human Body in the Enlightenment (Oxford: Berg, 2010)
Michael Sappol and Stephen P. Rice eds., A Cultural History of the Human Body in the Age of Empire (Oxford: Berg, 2010)
15) Ivan Crozier ed., A Cultural History of the Human Body in the Modern Age (Oxford: Berg, 2010)
一般向けの書物としては、さまざまな主題ごとに数えられないほどの書籍が出版されており、その水準は着実に上がっている。通史的なもの・全体的なものとしては、以下の4冊をあげる。Porter の書籍は個人が書き下ろす医学史全体の通史としては、しばらくの間は超えられない水準であろう。18)のBynumの著作は非常にコンパクトな著作であるが、古い医学史と新しい医学史を融合させた傑作であり、翻訳の準備が進んでいる。 Bynum & Bynumはイラスト付きの医学史の書物として、Dobson はイラスト付きの疾病の歴史の書物として、それぞれの領域の決定版であり、いずれも医学書院から翻訳されている。
16) Porter, Roy, The Greatest Benefit to Mankind: A Medical History of Humanity from Antiquity to the Present (London: Harper & Collins, 1997)
17) William Bynum, The History of Medicine (Oxford: Oxford University Press, 2008)
18) William Bynum & Helen Bynum eds., Great discoveries in medicine (London: Thames & Hudson, 2011) 『Medicine : 医学を変えた70の発見』鈴木晃仁・鈴木実佳訳(東京:医学書院, 2012)
19) Mary Dobson, Disease : the extraordinary stories behind history's deadliest killers (London: Quercus, 2007) 『Disease : 人類を襲った30の病魔』小林力訳(東京:医学書院, 2010)
d) 学会・雑誌・ウェブサイト
英語圏の医学史の学会は、アメリカ医学史学会 (American Association of the Historyof Medicine)と、イギリスの医療社会史学会 (Society for Social History of Medicine)が規模も大きく、Newsletter などによる会員間の情報交換も非常に活発である。日本においては、日本医史学会が最大の学会であり、特に人文社会科学との関係づくりにおいては英米の学会の活動には及ばないが、着実に前進している。雑誌としては、アメリカ医学史学会の機関誌であるBulletin of the History of Medicine,医療社会史学会の機関誌であるSocial History of Medicineの他に、Medical History と Journal of the History of Medicine and Allied Sciences の4つの雑誌が主要なものである。日本医史学会の『日本医史学雑誌』は、一時期は学術雑誌としての質がかなり低下したが、近年において劇的に改善・向上した。医学史に特化していない学術誌においても医学に関連する特集が頻繁に組まれており、このような情報は随時メーリングリストやSNSなどで共有されている。
ネット上の情報も急成長した。イギリスのウェルカム図書館のサイトと、アメリカの国立医学図書館の歴史部門が基本である。それ以外にも効率的に情報を集めているサイトもあるのかもしれないが、英語圏における医学史研究が非常に拡大し、それにともなって国際的な研究者の数も膨大なものになった現在、医学史の全体をカバーする全能のウェブポータルは期待できないだろう。それぞれの研究領域に応じて有益なサイトが作られているので、自分の興味関心にあったサイトを探すといいだろう。ちなみに、精神医学の歴史については、ブログ h-madness が有益だと思う。
http://www.nlm.nih.gov/hmd/index.html
Appendix 2 -- 英語で学術的な文章を書くために
大学生・大学院生を念頭に、英語の能力を上昇させるための方法を、学者としての個人的な経験をもとに書いてみました。 英語教育のプロの視点ではありませんので、その点に注意して参考にしてください。
日本語と英語の二か国語を高い水準で使いこなせることは、大学・大学院を卒業した後にどのような業種に入るにせよ、そこでいい仕事をするために必須の能力になっています。皆さんは、日本語は母国語としての力を持っており、英語については、高校までの教育と受験英語が作った確実な土台を持っているので、高等教育を受けた人間にふさわしい日本語・英語の力を身に付けることは、さほど難しいことではありません。必要なのは、大学・大学院に在学中に、適切な訓練を続けることです。
言語の能力は、聞く・話す・読む・書くの四つにわけることができますが、このうち、聞く・話す能力については、私は、BBCのラジオ番組に助けられました。ラジオ番組を聴きながら、ほぼ同時に口に出してみることを毎晩練習しました。このような方法を「シャドウイング」というそうです。最近では Podcast が充実しているので、ダウンロードして通勤やランニングの時に聴いてシャドウイングしています。BBCの Podcast の一覧は以下のサイトに掲げられています。
多様な番組がありますので、自分の好みに合った番組を聴くといいでしょう。私自身は、充実したニュース番組のWorld Tonight, 世界各地のBBC特派員の報告を集めた From our own correspondents, そして、ある主題について3人の学者に議論させる In our time をよく聴いています。
読む・書く能力のうち、読むほうについては、受験英語のおかげなのか、比較的高いという印象を持っています。しかし、英和辞典への依存度が高く、もっと英英辞典を使う学生が増えればいいと私は思っています。
多くのみなさんにとって最も高いハードルになるのが、よい英語を書く能力だと思います。よい英語を書く能力は、単に「英語がうまい」ということではなく、母国語ではない言語で明晰に考えて、それをエレガントに表現する能力ですから、大学の高等教育に最も馴染みやすい部分だと私は考えています。その意味でのよい英語を書くためには、よいツールを使って、練習を繰り返すことです。私が使っているツールは類義語辞典 (thesaurus)、連用辞典 (collocation)、文章読本の三種類に分けることができます。
類義語辞典は、英語では非常によく使われるレファレンスです。日本語では、官僚の文章でも学者の文章でも、同じ語を繰り返すことを好みますが、英語では、同じ語が繰り返し出てくることを避ける傾向があります。そのため、ある語の類義語を使うことがしばしば必要になります。書名でいうと、Oxford Paperback Thesaurus を使っています。これは、普通の辞書のように A to Z で見出し語が並び、その語の類義語が掲げられているものです。Roget’s Thesaurus は、19世紀初頭に出版されて近代的な類義語辞典のはじめになったものですが、これは、ある分野が見出しになっていて、それに関連する語が並んでいるという形式になっていて、私は使ったことがありませんし、どう使うのかも理解していません。
連用辞典も、英語でよく使われます。ある語が、どのような動詞、名詞、形容詞と連用して使われるかを示す辞書です。たとえば、「人口の大きさが問題である」という文章を英訳したいとしましょう。その時に、The ___ of population matters. という英文の空白箇所にあたる単語がほしいと思って、和英辞典で「大きさ」を引くと、magnitude という語が出てきたから、それを入れて、The magnitude of the population matters. となります。この文章は、たしかに意味は通りますが、不自然な感じを与えます。 このようなときには、和英辞典よりも連用辞典を用いるべきで population を引くと、size という語とともに用いられることがわかります。和英辞典よりも連用辞典を用いたほうが確実に自然な英語の文章を書くことができます。
文体についてのガイドは、日本語の「文章読本」にあたるものです。明晰さと美しさの双方を表現する訓練をするには、英語の文章読本を一冊手元に持っておくべきです。私自身は、Joseph M. Williams, Style: Toward Clarity and Grace を愛用しています。ただ、この書物は、近年、構成を大きく変えて Basics と Lessons からなる二巻本になったらしく、新しい構成のものは未見です。Gordon Taylor, The Student's Writing Guide for the Arts and Social Sciences (Cambridge University Press) も高い評価を聞いたことがありますが、私自身は未見です。
日本語の文章読本について付言すると、文学系、理科系、社会科学系など色々なタイプのものが百花繚乱ですが、各自が自分の好みにあったものを選んで、それを使い込むことで身に付けることがいいでしょう。本多勝一『日本語の作文技術』、澤田昭夫『論文の書き方』、木下是雄『理科系の作文技術』などが、評価が定まった良書です。私自身にとって一番有益な文章読本は、谷崎潤一郎『文章読本』と三島由紀夫『文章読本』、特に後者ですが、これは学者にしてはやや特異な選好ですので、この二冊を参考にして最初のレポートを書き始めることは勧めません。
以上、個人的な経験をもとにして、英語教育者ではない学者が書いた英語の習得法を記しました。みなさんの何らかの参考になれば。