<ヒポクラテス>の有名でない症例

Hippocrates, Hippocrates, vol.VII, edited and translated by Wesley D. Smith, Loeb Classical Library (Cambridge, Mass.: Harvard University Press, 1994).

症例の文体について考えるために、ヒポクラテス文書の『流行病論』2巻、4-7巻を読む。

 

ヒポクラテス文書の『流行病論』を読んだことがある人は、全7巻のうちの1巻と3巻を読んでいると思う。もちろん私もそうである。1巻と3巻の2つの巻は古代から特別高い評価を受けている。ガレノスが注釈をつけたときにも、1巻と3巻を特別視したし、現代の訳でも、岩波文庫もペンギン版も1巻と3巻を採録している。かつての文献学の中ではヒポクラテス自身が書いたとまで言われていたという。的確でブレがなく冷厳に疾病の進行を一日ごとに記した筆致は、たしかに迫力があり、歴史上で模倣された文体であることが実感できる。医学史の学生や大学院生は必ず読んでおくべきである。

 

問題は、『流行病論』のそれ以外の巻を読まないことである。正直に言うと、私自身も読んだことがなかった。これは、もちろん私の怠惰が原因だが、1巻と3巻を除いた残りの5つの巻は古代から価値が低いと思われていたということも事実である。しかし、価値が低いということは、1巻と3巻と違いが鮮明な症例であるということだから、古代ギリシア医学における複数の症例の書き方を知るために、「それ以外の流行病論」を読んでみた。Loeb のヒポクラテス集に収録されている。この5巻は、2・4・6 巻というグループと、5巻・7巻というグループにさらに別れるとのこと。それぞれの巻の特徴については、Jackques Jouanna の書物の末尾を参考にすると大体のことが分かる。

 

特に5巻と7巻のグループが、1巻と3巻のグループとどのように違うかを鑑別することが重要である。日付の箇条書きスタイルと、観察の記述の仕方にまず目を付けるべき。1巻と3巻は、診療の観察を、一日ごとに厳密にわけて、一日目にこれこれ、二日目にこれこれというスタイルを厳密に守っている。診療における日の箇条書きの形式で書いている。一方、5巻と7巻の症例にも、何日目という記述は出てくるが、診療日の箇条書きの形式はまったく採用されていない。次に、1巻と3巻では、症状が一コマずつくっきりと提示されている。英訳でいうとセミコロンで区切られて、一つ一つの事実が裸で簡潔に提示される鮮明さがある。Epideics I, Case I の三日目はこのような感じである。Third day.  Early and until mid-day he appeared to have lost the fever; but towards evening acute fever with sweathing; thirst, dry tongue; black urine.  An unconforable night, without sleep; completely out of his mind.  一方で、5巻と7巻の方は、個人が病気になった経緯と事情を説明しながら症例が記述される。Loeb の解説者が「他の症例を較べると凝ったレトリックが用いられている」というのは、この読んだときに流れの感覚と近い。

 

Jouanna, Jacques, Hippocrates, translated by M.B. DeBevoise (Baltimore: The Johns Hopkins University Press, 1999).