アガサ・クリスティ『そして誰もいなくなった』And Then There Were None (1939)
アガサ・クリスティ『ポケットにライ麦を』A Pocket Full of Rye (1953)
推理小説と精神医学の関係はとても深い。エラリー・クイーン『Yの悲劇』、ヴァン・ダイン『グリーン家殺人事件』をはじめ、推理小説の超傑作といわれる作品が、精神病が背景やカギとなっている。日本でも、推理小説にかぎらず、精神病院を取り上げた最も重要なフィクションの作品は(ある種の)探偵小説である『ドグラ・マグラ』(1935)だと答える人が多いだろうと思う。そこに何らかの理由があるのかもしれないが、考える素材を十分に持っていない。考えている学者や評論家もいると思う。
その関連で、精神病院の主題が登場するいくつかの古典を読んでみた。一つはクリスティの『ポケットにライ麦を』では、精神病にかかって精神病院に長期入院している女性が抱く怨念と、彼女の子供がストーリーの中で重要な役割を果たす。精神病患者は、現実の社会から切り離され、自分の妄想の世界を描いており、その中からミステリーを解くヒントを探る構造になっている。『そして誰もいなくなった』は、精神病院とはあまり関係がないけれども、隔離された空間における恐怖が見事に描かれている。謎解きも見事な謎解きに見える。(推理小説の謎解きは、私にはどれも高等数学に見える)とても優れた作品だと思う。