土井, 忠生, 武 森田, 実 長南, and Jesuits. 日葡辞書 : 邦訳. 岩波書店, 1980.
「三病」 Sanbiŏ ( 以下、o の短音記号を省略)サンビョウ の項目が持つ疾病は、ライビョウ、クツチ、テンゴウの三つである。クツチ、テンゴウの二つは、現代語では聞き慣れない言葉だが、日葡辞書やほかの資料にも表れる言葉で、いずれも、精神疾患の意味を持つ。テンゴウは、おそらく癲狂の漢字をあてることができそうだと思う。「狂」は呉音で「ゴウ」と読むとのこと。クツチは、もともと「いびき」の意で、ある資料には、クツチは癲狂の意味で、俗にクツチというという記述がある。また、どちらにも癲癇の意味があるとも書かれている。だとすると、それを二つと数えて、ハンセン病と足して「三病」と数えるのは何かおかしいところがある。もともと三病というのは、治りにくい三つの病、そこから派生してハンセン病のこと、あるいは仏教上の概念など、複数の意味の系統があり、この部分の記述は、何がどうなっているのかよく分からないが、重要なポイントは、ハンセン病と精神疾患を合わせて、「三病」というのだということが日葡辞書に記載されていることである。
「気違い」 Qichigai これは、「気の変ること」という説明がある。ここの「気」というのは、一時的な気の流れというより、性質としての気質の意味であって、「はじめおとなしかった人が、凶暴に怒りっぽくなるなどして性質が変わること」という説明がある。
「乱心・みだれごころ」 Ranxin, midare gocoro 乱れ心、混乱した心、「乱心」には「文書語」という説明がある。
――テンゴウ
(「ごう」は「狂」の呉音)
(1)「てんかん(癲癇)」に同じ。
*日葡辞書〔1603〜04〕「Tengo (テンガウ)。すなわち、クツチ〈訳〉癲癇」
*かた言〔1650〕二「癲癇といふ病ひはおこり侍る時に、手かき、あがき侍る物なり。あづま人は、その癲癇をてんがうと云るとかや」
(2)「てんきょう(癲狂)(1)」に同じ。
*書言字考節用集〔1717〕五「顛狂 テンキョウ テンガウ」
――クツチ
(1)鼾(いびき)をいう。
*新撰字鏡〔898〜901頃〕「鼾 久豆知 又伊比支」
*字鏡集〔1245〕「吼 ウシノナクイヒキ ナク ホユ クツチ」
*仮名草子・尤双紙〔1632〕上・一〇「うるさき物のしなじな〈略〉くつち」
(2)癲癇(てんかん)をいう。
*太秦広隆寺牛祭々文「癲狂(クツチ)」
*蘇磨呼童子請問経平治元年点〔1159〕「癲癇(テンカン クツチ)」
*名語記〔1275〕八「病のくつち如何。答、鼾睡とかける歟。きゆたゆたゆしにの反はくつしとなる。くつしをくつちといへる歟の疑もあり」
*米沢本沙石集〔1283〕三・一「或る里に癲狂の病ある男子ありけり。此の病の癖として、火の辺(ほとり)、水の辺、人の多く集まれる中にして発(おこ)る、病なり。俗にはくつちと云ふ是也」
*日葡辞書〔1603〜04〕「Cutçuchiuo (クツチヲ)カク〈訳〉癲癇を病む」
方言
語源説
(1)クヅレオツル(頽落)義。また、鼾の音から〔大言海〕。
(2)クルヒクズレタル(狂壊)義〔日本語源=賀茂百樹〕。
辞書
字鏡・色葉・名義・和玉・文明・易林・日葡
――三病
(1)三つの難病。なおりにくい三つの病気。
*日葡辞書〔1603〜04〕「Sanbio (サンビャウ)〈訳〉三つの病気。すなわち、ライビャウ、クツチ、テンガウ」
*書言字考節用集〔1717〕五「三病 サンビャウ 三悪疾」
*改正増補和英語林集成〔1886〕「Sambyo サンビャウ 三病」
(2)ハンセン病をいった語。
*浄瑠璃・心中涙の玉井〔1703頃〕「総じて父(てて)は三病(サンビャウ)やみ、然らば孫(そん)を継ぐなれば彼奴(あいつ)も軈(やが)て癩病が、しゃっ面から熟(う)んで来て蔔子(あけび)の様にならうもの」
*咄本・軽口都男〔1704〜11頃〕二「神なりといふからは、いわねどしれたさんびゃうの事よ、それにうたがいのない所、異名を雷神といへば、いよいよ癩病にきはまったといわれしはおかし」
(3)絵画の用筆上の三つの欠点。弱々しく平凡な板、丸みがない刻、すらすらとなめらかでない結の三つをいう。
(4)仏語。貪病、瞋病、痴病の三つをいう。
*北本涅槃経‐三九「有三種病。一者貪、二者瞋、三者痴。如是三病有三種薬。不浄観者能為貪薬。慈心観者能為瞋薬。観因縁智能為痴薬」
(5)仏語。謗大乗、五逆罪、一闡提の三つをいう。
*教行信証〔1224〕三「世有三人、其病難治。一謗大乗、二五逆罪、三一闡提。如是三病世中極重、悉非声聞・縁覚・菩薩之所能治」
発音