<むんてら>と Mundtherapie について

間中喜雄. むんてら : 医者と患者. 創元社, 1963. 創元医学新書.
 
「むんてら」というよくわからないフレーズがある。まずもともとは何という語なのか、どういう意味なのか、いつ使われ始めたのか、そういう基本的なことも私にはよくわからない。日本で流通しているいくつかの節のうちの主な説は、これはいずれもドイツ語 の Mund と Therapie という語を組み合わせたもの、der Mund は口(くち)という意味で、die Therapie は治療という意味。合わせると、医師が患者の病気を治すときに、広い意味で患者に言うことばが治療的な効果を持つと考えることである。患者との対話による治療で、原型はドイツ語であるという。
 
ただ、ドイツ語にはこの Mundtherapie という語が存在しなかった。Der Mund を引くと、言葉というより口腔という意味合いが強い。そこから、これは日本人がドイツ語から作った和製ドイツ語であるという考え方が出てきて、これが主流派の考えだと思う。私が聞いていたことは、だいたいこんなことだった。間中喜雄『むんてら』もだいたいそういう線で「むんてら」を考えている。間中は別の考え方も批判している。高田安太郎という医師で言語学者が考えた説で、ヒマラヤ山中のレブチヤ族の言語に「むんてら」という言葉があり、これが「処理する・とりつくろう・みせかける」などの意味の日本のむんてらの語源だという考え方もあるとのこと。確かに一部を正しくとらえているかもしれないが、レブチヤ族の言語だけでは医師の間に「むんてら」という考えが広まらないだろう。だいた、Mundtherapie とい、わりといい加減な和製ドイツ語だと思っていた。
 
ところが、ドイツ語に Mundtherapie という新語が現れたのである。これは、日本の「むんてら」と意味がかなり違う。私がぱっとみた範囲では、ダウン症の小児を持った両親のためのガイダンス書のタイトルに用いられている。書物はAlexandra Benardis-Schnek, Mundtherapie bei morbus Down: Ein Ratgeber für Eltern von Kleinkindern (Ratgeber für Angehörige, Betroffene und Fachleute) Taschenbuch (2005).  である。あるいは、ある医師のテクニックとして、ダウン症などに Mundtherapie を用いており、Physiotherapie と対比されている。映像から見ると、口腔に刺激を与えている感じがある。Mund が口腔だという意味は正しいのかもしれないが、たぶん日本よりも遅く 、そしてきっと鮮明に違う意味で、Mundtherapie という語をドイツが作ったのである。
 
 
この日本とドイツの Mundtherapie についての不思議なねじれた現象がどんな意味を持っているのか、よくわからない。もともと、日本の「むんてら」が本質においていい加減な概念であり、間中の書物はいろいろな適当なことが書き並べられているものである。一方で、ドイツの新しい Mundtherapie はどういうもので、これからどうなっていくのか、チェックしておこう。
 

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