インドネシアの津波と帝国主義の負の遺産について

LRBのメールから、インドネシア津波の被害の歴史的な解釈を読む。津波によって被害が出る構造の大きな要因は、オランダの都市建設にあったという議論である。私は自然災害の専門ではないですが、色々な意味で納得した部分がとても大きかった議論でした。ぜひ読まれてくださいな。
 
基本は、自然と災害の構造と、歴史的な社会文化の構造が、インドネシアにおいては合致していないという話である。17世紀以降のオランダ商人たちがインドネシアに建設したのは、別の自然環境で作られたオランダの都市群の模倣である。オランダの地域では大きな港の街を建設することがふさわしいこと、オランダには地震津波がないこと。インドネシアでは、もともと地震津波がある地域であること、大きな港町を建設することはもともと向いていなかったこと。しかしオランダが帝国としてインドネシア港湾都市を作っていったことは、一方ではそのような社会文化経済的な基点を築いて豊かになっていったことであると同時に、津波に対して脆弱な構造であること。このような形成は数世紀間にわたって継続して、インドネシアは自然・災害と社会文化の二つの構造が合わないこと。とても面白い議論である。LRB の記事と、2016年に刊行された学術論文をとっておいた。

 

 

www.lrb.co.uk

 

Reid, A. (2016). "Two hitherto unknown Indonesian tsunamis of the seventeenth century: Probabilities and context." Journal of Southeast Asian Studies 47(1): 88-108.


The 2004 tsunami intensified fruitful scientific research into dating past tectonic events in Sumatra, though without comparable work on Java. Geology needs to be informed by careful historical research on documented events, but less such work has been done in Indonesia than in other tectonically endangered areas. This paper examines the historical evidence for two hitherto unknown tsunamis of the seventeenth century. In better-researched Sumatra, Dutch reports that a flood from the sea devastated Aceh in 1660 adds to what the geologists have discovered on the ground. By contrast geological research has barely begun on the south coast of Java. Javanese sources for events before 1800 need careful re-evaluation. The myths around Ratu Kidul, the ‘Queen of the South Seas’, together with more chronologically reliable dated babads, point to a major tsunami in 1618 on the coast south of Yogyakarta.