精神病患者が手記や日記を書いたりすることは、実際の精神病院で行われただけでなく、フィクションでもよく用いられた仕掛けであった。ゴーゴリの『狂人の日記』は、サンクトペテルブルクの小役人が恋をして、精神疾患がどんどん悪化していく過程で、日記形式で自分に見える世界像を提示する作品である。このときに、E.T.A. ホフマンが創造したヨハネス・クライスラーという音楽家を参考にしたという。これは、ホフマン全集の『カロ風幻想作品集』と名付けられた1巻と2巻に掲載されている『クライスレリアーナ』の主人公である。それ以外にも、『牡猫ムルの人生観』でも、重要な役割を果たしている。ものを書く猫と楽長の二つの伝記がよじれているという
クライスラーは宮廷付属の楽長だが、気分屋で情熱家で、奇妙で一風変わったテーマの作品をピアノで作曲したりしていた。しかし、ある日姿を消し、そこにフォン・B. という令嬢が現れて、クライスラーが書きとった手記や日記や音楽論や恋愛論や人生論があり、それらは五線紙の裏側の白い部分に記されているという。内容は、短いものが大部分で、フモール humour にあふれる文章が、鉛筆で書きこまれており、これをクライスラーの手記として書き写させて出版するという形式をとった。これらは文芸誌などに掲載され、後に『クライスレリアーナ』の形でまとめられた。全集1巻には6点、全集2巻には7点の手記がそれぞれ収録されている。
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男爵ヴァルボルンより楽長クライスラーに宛てた書簡
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楽長クライスラーより男爵ヴァルボルンに宛てた書簡
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クライスラーの音楽=詩クラブ
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教養ある若者についての情報
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音楽嫌い
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サッキーニの予言といわゆる音楽上の効果について
このような心理学や精神医学の大きな枠組みとしては、ドイツのロマン派がシェリングの自然哲学などを学び、神秘的な力と精神の感動が森羅万象を調和させていくという見方をするようになった。それとともに、医学的心理学、動物磁気、予知、本能、透視、夢の解釈、二重人格、夢遊病などを文学者たちが学ぶようになった。これらの知識を、ホフマンはアーダルベルト・フリードリヒ・マルクス (Adalbert Friedrich Marcus )という医者から学んだ。二人は同じバンベルクという都市出身で、これは現在のパヴァリア州に位置している。むかしの Upper Franconia というらしい。その他にドイツの精神科の医者でいうとライル、イギリスの作家でいうと グレゴリー・ルイスの Monk などからも学んだとのこと。おそらく、他の音楽家や作曲家も学んでいたと思う。作曲家でいうとシューマンが作曲した『クライスレリアーナ』というピアノ曲があり、私が持っているホロヴィッツのCDでいうと、全8曲から形成されている。美しく早いピアノ曲である。