永井荷風『ふらんす物語』と「ヒステリー式の大丸髷」

ふらんす物語』という美しい紀行文がある。永井荷風がパリに10か月ほど滞在したあとの出版した文章である。私はフランスに行ったことがほとんどなく、数年前にパリに一週間いただけだが、やはり素晴らしい街だなあと心の底から感銘を受けている。フランスに生きることを自覚しているフランス人たちが、圧倒的にかっこいいと思う。
 
永井荷風がこのフランス滞在、ことにパリ滞在を愛している。パリへの愛と反比例するかのように憎むのが東京であり、東京で暮らしている日本人である。『ふらんす物語』の最後の章である「悪感」が、まさに日本に対する悪感や憎しみが結晶している。日本で嫌うものを列挙している部分があって、とても面白い。その中で「規則、区役所、戸籍、戸主、実印、容色の悪い女生徒、地方での大学生、ヒステリー式の大丸髷、猿のような貧民窟の児童(がき)、夕日の射込む雪隠、蛞蝓の這う流し下」というような一節があり、もちろん色々と面白い。賛成するアイテムも反対するアイテムもある。
 
一つよく分からなくて説明してほしいのが、荷風が嫌いなもののひとつの「ヒステリー式の大丸髷」である。ヒステリーはヨーロッパの伝統では未婚の女性である。これは古代ギリシアヒポクラテス以来の伝統である。ところが、日本では、未婚のヒステリーと、既婚でかなり年齢がいった女性、おそらく更年期の時期の女性のヒステリーという、二つのヒステリーがある。その中で「大丸髷」というと、既婚の女性に(おそらく)なる。江戸時代から明治時代の日本の髪型でいうと、未婚の女性は島田髷、既婚になると丸髷になるとのこと。この一句は、未婚の娘だけではなく、既婚の女性がヒステリー的で大嫌いだと言っているのだろうか。