香月牛山『婦人ことぶき草』(1692)

とりあえず一冊の巻上1と巻上2を読んでおいた。

香月牛山. 婦人ことぶき草 : 香月牛山不妊・産育の世界. 燎原書店, 1986.
 
およそ子なきの輩は、神に仏にあゆみを運びねがふもひとつのやうなれど、ただ名医に近付けて妻妾の気血たらざるところを補わばあしからじ。芦垣の間ちかくしるしをとるべきにや。
 
婦人の性、多くは執佞(しゅうねい)にして嫉妬のこころふかし。上は皇后王妃より、下はあやしの賤の妻にいたるまで、いにしえ今にかわる事なく唐土、我朝通じて、婦人の愚情なり。 
 
子なきものが鬼神に祈ることは、中国においてもわが国においても、行われている。源頼義が三神に祈りをかけて三子を生じたことや、楠正成も毘沙門に祈って得られた子である。
 
世間で子がないものをみると、夫婦の交合が度に過ぎて、男女がそれぞれ精や血が虚乏になり、常に深く感じる交合がないがゆえに、はらむことがない。しかし、本朝仕官の人は東都(江戸)へ勤番し、あるいは市人、土民も遠い旅におもむき日を経てかえりくれば、夫婦ともに精血充盛である。この時に成功すると平生子がなきものも必ずはらむことが多い。 
>>この「市人」は、商人は他国へ旅行して、ともいう。
 
いつ交合するといいか。個人の身体の本命・五行が相生すること、そしてそれぞれの日が、曜日、陽時、毎月の月日を併せて交合すると、子供をはらむ。いずれに関しても、やや細かい議論になる。神廟、塚墓、井竈の前後、せい厠、屍柝の傍らでは交合できない。神廟の横だと木偶人になる。重要なことは、個人の身体だけではなく、世界の秩序に合わせて交合すると子供ができるという議論である。
 
子供を求めるためには、夫婦が和順することが必要である。たとえば鴛鴦をあつものとして夫婦で食べる。鴛鴦は夫婦が相離れなく仲良くしている。体質により、湿痰が多いものはそれを去る薬を飲み、痩弱の人は火を鎮める薬を飲む。具体的には、多くの種類の薬が引用されている。これらは医書道家の書に書かれている。しかし、あまり個々の薬に集中していると、世俗が薬に集中してしまう。名医に相談するのがよい。
 
鬼胎の形成。人の臓腑が温和な時にはOK。しかし、外風邪や鬼魅(狐、狸、猫、犬)などが臓腑に入って、胎児に影響を与えることが多い。これを鬼胎という。この部分は、ぞっとする記述が多い。

 

知的障碍児の収容院の廃院

 
D'Antonio, Michael. The State Boys Rebellion. Simon & Schuster, 2004.
 
これはアメリカのマサチューセッツのウォルター・E・フエルノルド発達研究センターの廃院部分。たまたまダウン症の研究に関して現れてきた施設である。19世紀の半ばに男子の知的障碍児を対象に作られ、全盛期には2,500人を修養していた。基本は慈善と福祉の産物であった。しかし、1940年代から10年ほど、栄養学や放射線による実験的な治療の試みが行われた。これらは実際に障碍が出たという水準ではなかったが、子供にも親にも了解がなった。これと結びついてダウン症の子供に関する実験も行われていた。一連の行為が、1990年代に裁判の対象となり、実験を行った MITとクエイカ―が敗北して、高額の謝罪金を払った。
 
21世紀には規模は縮小しており、2001年には収容者は300人ほどで、多くが高齢者であった。2013年に最後の患者が地域に受け取られた。
 
この精神病院に関してすぐれた書物が出ている。これは読んでおこう。そのような暗さを持った動きと並行して、もっとよい形で障碍児をケアする力があった人たちが存在する。そちらの人たちについても、よい書物を読んでみたい。 

ワインと医学の歴史

Robinson, Jancis and Julia Harding. The Oxford Companion to Wine. 3rd ed. / edited by Jancis Robinson ;  assistant editor, Julia Harding edition, Oxford University Press, 2006
 
Arnaldus, de Villanova. "The Earliest Printed Book on Wine / by Arnald of Villanova ; Now for the First Time  Rendered into English, and with an Historical Essay, by Henry E. Sigerist ; with Facsimile of the  Original Edition, 1478." Schuman's, Fri Jan 01 00:00:00 BST 1943 1943, pp. 0-0.
 
Villanova, Arnaldo da. Tratato dui vini. 2015.
 
2015年にオクスフォードのワイン百科事典の第4版が出た。そのうち買いたいけれども、まだ買っておらず、2006年の第3版を見ている。今朝、休日の朝のゆっくりした時間にふと気がついて medicine という項目を見たら、1ページの2/3くらいを占拠する面白い巨大エントリーだったので、それをメモ。
 
古代から18世紀までワインは医療の中で重要なものであった。宗教とも深く結びついていた。最初のエントリーはエジプトのパピルスや、シュメールの2200BCEの書字版にワインの効果が書き込まれている。医薬の中でもっとも古い記録はワインについての記入であるとのこと。ギリシアではヒポクラテスの言説があり、ガレノスは剣闘士の医師を務めていた時期があるだけに、傷を消毒するものとしての記述が細かい。ケルススは産地ごとにワインの効力を評価するという部分がある。新約聖書ルカによる福音書には「善きサマリア人のたとえ」があり、強盗に襲われて傷ついた旅人に「オリーブ油とワイン」を塗ってケアをする部分がある。イスラム教の文化は、もちろんガレノスを読んでよく知っていたと同時に、コーランがアルコールを飲むことを禁じている(らしい)ので、ワインを傷口などに塗ることだけ進めている。中世においては、修道院が強力なワインの産地となった。モンペリエのアルベルト・ド・ヴィラノバがワインについて論じた。12世紀に導入された蒸留器がワインを加工して利用する道を開いた。ワインを加工してさまざまなものをまぜて aqua vitae と呼ばれたワイン系の飲み物は、消毒の機能も高く持っていた。
 
19世紀にはワインの意味合いが変る。しかし利用は続けられ、1892年のハンブルクでのコレラ流行でもワインのアルコールが消毒に用いられていた。20世紀にはポートが療養や回復に使われていた(ヒヤヒヤ)。医者が論争にかかわるありさまもあり、フランスでは、ルイ14世の侍医が、シャンパンを批判してブルゴーニュを称賛するということをしているとのこと。
 
引用されていたジゲリストの論文は、ヴィラノバのラテン語を英訳したもの。もちろんこれは手に入らない。しかし、しっかりした学術的な仕事で、ラテン語原文とイタリア語訳が Kindle で600円くらいで売っている。

イギリスのEU離脱と薬の買いだめ

www.bbc.com

 

イギリスの EU離脱の影響。イギリスの方たちと時々話すと、何がどうなるのかわからないが、考えられないほどありえないことだと言っています。これは、痛み止めだとか血圧とか、比較的シンプルな薬が足りなくなってきていて、これが EU離脱とおそらく関係あるとのこと。人々が薬を買いだめするようになるとのこと。

「薬の買いだめ」。これは、今のリサーチで使うことができる、重要な概念ですね。薬を消費する患者は、どのくらいが買いだめた薬なのか。薬のことを調べ始めて、はじめてアイデアを持つことができました!これを調べます! 

環境史と医学史を考えるマクロ・ミクロな視点について

Sellers, Christopher. "To Place or Not to Place: Toward an Environmental History of Modern Medicine." Bull  Hist Med, vol. 92, no. 1, 2018, pp. 1-45, https://muse.jhu.edu/article/691229.
 
臨床医学と患者の関係についてのいい鳥瞰とこれからの見取り図。ことに、環境史と医学史がどのように重なるべきなのかについて。
 
疾病や医療の問題を考えるときに、疾病が大きな環境によってどう影響されるのかという問題は医師や医療関係者のほとんどが分かっています。マクロなレベルで、環境がどうなのか、エコシステムはどうなっているのか、それがどのように疾病に影響を与え、公衆衛生や地域医療に影響を与えるか、勉強されていると思います。下水道の設立が進んでいない大都市では、赤痢や腸チフスが常に存在することになり、免疫不全ウィルスを持つチンパンジー接触している西アフリカの地域では HIVが発生してくる。これらは大きな環境やエコシステムの影響です。それを取り込んで、臨床を考えることができる。論文もそれに反映します。JAMA (Journal of American Medical Association) や NEJM (New England Journal of Medicine) といったメジャーな雑誌では、論文全体の12%から15%が環境を考えたもの、小児科の雑誌である Pediatrics では25%におよびます。マクロな水準だと、環境の影響として臨床に取り込むことができます。
 
一方、ミクロなレベルだと、医師たちが臨床で分からないことが多い。患者が疾病にかかった場所は、医師の病院から少し離れた場所です。そのため、街の通り、個別の家、そしてその個人が、それぞれのローカルな場所で、ミクロな環境の変化によって、どのように影響を受けるのかが、変わってくる。その可能性を、臨床の中立性を信じることによって距離をとるという発想があります。
 

江戸の武士と商人と売薬

吉岡信. 江戸の生薬屋. 青蛙房, 1994.
 
歴史学や医学史の学術性や方法論で言うと、正しいかどうかはまったく別にして、とても面白い議論である。武士の力と商人の道という二つの枠組みで江戸時代(徳川時代?)の薬の発展を説明している。
 
武士に関しては、家康が始めて、その後も多くの大名や旗本が従った薬への興味が上げられる。一つは、この時期に武家が確立した医学や薬に関する好奇心が基礎になる。徳川家康もそうであるし、多くの大名が徳川時代を通じて、薬や博物学に興味を表現していた。「武士」であるのに、250年ほどの平和な期間をキープしたことの重要な要素である。
 
これと並行して、薬を入手したり、売薬の形で市場を用いて購入できることとなった。入手では、特に農村部で多く、植物を手に入れて少し加工する、うどんの粉を焼き付けるなどができる。
 
一方、商人たちは、京都、大阪、江戸などで薬を売ることとなった。そこで高価な薬が実は偽なのに売られ、それが死刑によって処罰されるということも起きる。しかし、商人たちは、心学を学び、武士による支配と併存しながら、大きな利益を得ることを目標にする。
 
山東京伝曲亭馬琴式亭三馬らは、成功した浮世絵師、戯作家、読本作者、地本問屋であり、同時に薬を売っていた。山崎美成も薬を売っていた博識者で、馬琴らと、そば屋で出会う「けんどん」は「慳貪」なのか「巻飩」なのかで論争したりした。ここも面白いけれども、この問題に関しては、ヤングさんがプリンストンの博士論文できちんとした分析を書いていたから、もう一度それを読もう。 
 
管理する人、売る人たちについては、江戸時代の大きな枠組みが書けるようになってきた。江戸期の患者については、力が足りないだろうから、どこかでパラグラフを作って処理しよう。 
 

グローバルなWHOとウェルカム財団の食養生論

eatforum.org

今朝のエコノミストエスプレッソから。EAT という団体がある。それが何の略称か私にはわかっておらず、食べることに関係があることは確かである。その団体が、カラーの面白い冊子を出して、2050年までに人類の食生活を変えねばならず、牛肉などの消費を半分に、砂糖の消費も半分に、そして木の実を二倍にすると大いに健康になるとのこと。写真やイラストを見ると、たしかに牛肉も砂糖もなく、その代わりに木の実と野菜はたんまりと出されている。うううむ。まあ、でも言うことを聞いておいて、そば屋に入ったら、牛スジの煮込みではなく、枝豆と揚げ出し豆腐を食べることにします(笑)

 

 

akihitosuzuki.hatenadiary.jp