Medicine Line アメリカ―カナダ国境の北緯49度線の別称 

49th parallel north - Wikipedia

無知の告白(笑)学術雑誌の目次をみていて、Medicine Line という言葉が出てきて、意味が分からなかったのでネットで調べた。

おそらく19世紀にアメリカと現在のカナダの間で北緯49度線が国境となったとき、現地の先住民とアメリカ軍が衝突したとき、先住民軍が49度線を越えてカナダ領に入るとアメリカ軍は負ってこない。そのため、先住民は、アメリカ軍をはじき返す不思議な力があるとして 49度線をMedicine Line と読んだとのこと。

悪い奴らが来ないようにするのが Medicine という、悪魔祓い風の発想を憶えておこう。

731部隊(NHKスペシャル)について+日本の大学医学部の学用患者の問題

 
NHKスペシャル731部隊の特集「731部隊の真実 ーエリート医学者と人体実験ー」がYouTube 上に落ちていたので、喜んでそれを観た。ツィッターやFBで高い評価を聴いていたが、その通りの素晴らしい番組だと思う。NHKがこの水準の番組を作れるまでには、1980年代からの地道で着実な学術的な研究の蓄積があり、常石敬一先生、松村高夫先生、解学詩先生などの業績のたまものである。また、1980年代の小説家の森村誠一や2000年代のジャーナリストの青木冨貴子などの著作も大いに貢献していると思う。また、実際の音声を聴いたり、実際の文書を観たりするのは、大いによかった。
 
主たる主張は、国内の大学が果たした役割と重要性を主張するものである。これまで731部隊の隊長であった石井四郎の積極的な人材探しが強調されてきたが、それと並行して、石井に人材を供給した国内の大学側にも着目する流れである。京大や東大のエリート教授たちが、自分の研究室の卒業生やメンバーたちを731部隊に技師として就職させて、適切な研究ができるポストを与え、その部下が研究費とさらなるポストの可能性を確保することの重要性を重視した主張である。石井による「引き」だけでなく、エリート教授による「押し」もあったという議論だろう。私は普通に受け入れることができる主張である。
 
もう一つ、最後のほうで言及されていた、戦時に反抗する民族やグループに対する敵意が高まり、医師たちもそれに同調して残虐なことをしたということは、面白い議論である。憶えておこう。ただ、これに関して学者として言うと、それなら、国内の大学の日本人の患者、ことに「学用患者」と呼ばれた患者に対する実験的な医療はどうだったのかという問題を調べなければならない。学用患者というのは、大学医学部で無料で治療を受ける貧しい人々で、彼らは当時の先端的な医療に関して治療費を払わなくていい代わりに、死体の提供や実験的な治療への協力などが義務付けられていた。国内のエリート大学の医学部から731部隊に行った医師たちとしては、国内では学用患者、731部隊においてはマルタと呼ばれた匪賊や政治犯というマテリアルがあったのである。というか、国内の学用患者ではできないことを実践できるマルタを集めて提供することが、731部隊を作るときの石井のそもそもの目標の一つであったと私は認識している。国内の大学と731部隊では、生体実験ができる患者は並行して存在していたということを見落としてならない。
 
学用患者の死体の提供に関しては、新村先生が良い本を書いたが、その書物では、患者の生存中の医療への「協力」に関しては、何も述べられていない。この国内の学用患者と対比して、731部隊の「匪賊」の生体への取り扱いを考えるべきだろうと私は思う。 
 
 
新村, 拓. 近代日本の医療と患者 : 学用患者の誕生. 法政大学出版局, 2016.

フィルヒョー全集が刊行中

Olms - Weidmann: Fachverlag für Geisteswissenschaften

 

ドイツのオルムズ社から刊行中のルドルフ・フィルヒョーの全集。全71巻で、うち半数を刊行済み。全体は5部にわかれ、1. 医学、2.政治、3.人類学・民族学・原始史、4.書簡、5.フィルヒョー研究からなる。 Cinii でみたら、日本の大学でこれを購入しているのは4つのみ。医学史、科学史、政治史、日独関係史、生命倫理学、医療人文学など、さまざまな領域において、必須の全集となります。ぜひ大学図書館などでお買い求めのほどを!

英語ワークショップの開催(9月8日)

以下のようなワークショップを開催します。私の研究室にかかわる若手の学者たちが英語で発表するワークショップです。もう5年くらい続けていて、「この世界をつくる構造」の一つになってきました。

 

Work in Progress: Young Scholars' Workshop in English 

 

Friday, 8 September, 2017

慶應義塾大学日吉キャンパス

来往舎2階 小会議室

 

10:30-11:20: Sayaka Mihara (Ph.D. Student, Department of Sociology, Graduate School of Human Relations, Keio University), “‘Little citizens’ in sickness: Under-five morbidity and health care seeking in prewar Japan.”

 

11:30-12:20: Ryan Moran, Ph.D. (SSRC/JSPS Postdoctoral Fellow, Humanities and Social Science, Keio University), “Securing the Family in Times of Trouble: Life Insurance, Rural Revitalization, and New Communal Life in Colonial Korea.”

 

12:20-13:30: LUNCH BREAK

 

13:30-14:20: Akiko Kawasaki, Ph.D. (Associate Professor, Department of English and American Literature, Faculty of Letters, Komazawa University), “Sharing Death: Fainting in Charles Dickens’s A Tale of Two Cities.

 

14:30-15:20: Noriko Ohshima (Ph.D. Student, Department of English and American Literature, Graduate School of Letters, Keio University), “Martial Tulip and Prison-like house: Stoic Retirement in Marvell's Upon Appleton House.

 

15:30-16:20: Shi Lin Loh, Ph.D. (D. Kim Foundation Postdoctoral Fellow, Visiting Scholar, Keio University), "Notes on the Introduction of Nuclear Medicine in Postwar Japan".

 

16:30-17:20: Maika Nakao, Ph.D. (Senior Researcher, Kinugasa Research Organization, Ritsumeikan University), “Radiation in Film: Science and Politics of Radiation Exposure in The World is Terrified.”

セルボーンの自然誌

White, Gilbert, and 義雄 山内. セルボーンの博物誌. 講談社学術文庫.  Vol. [1018]: 講談社, 1992.
White, Gilbert, and Paul G. M. Foster. The Natural History of Selborne. The World's Classics. Oxford University Press, 1993.
 

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実佳が行っているチョートン・ハウスはセルボーンの近くである。次の日曜日くらいに、遊びにいくらしい。私も一度行ってみたい場所である。セルボーンという村は、イギリスのハンプシャーの小さな村であるが、18世紀の末に、その村の牧師のギルバート・ホワイトが書いた書物舞台となった村である。この書物の自然誌に関する部分が、現在では『セルボーンの自然誌』として古典となっている。ペンギンやオクスフォード大出版局から、優れたイントロと注釈が付き、挿絵を入れた書物が出版され続けている。 特に、バードウオッチングの部分が傑作として名高い。英語の文章は、柔らかさがあって、私は素晴らしいと思う。日本語でも偉大な英文学者たちが定期的に訳し替えている。私は英語は古いオックスフォード・クラシックスを持ってて、日本語は山内義雄講談社学術文庫を持っている。アマゾンに行ってみたら、アン・シコード先生がイントロと註をつけた新しいオクスフォード版が出ていたので、喜んで買っておいた。なお、日本のアマゾンでは、ペンギンとオクスフォードが混乱しているので、買う時には気を付けてください、
 
『セルボーンの博物誌』を読んでいたら、「ハンセン病の克服」という文章があったので、内容をメモ。 日本語版では、私が見ている原文にはない見出しがつけられていて、そのタイトルが「ハンセン病の克服」である。バリントンへの手紙の Letter 37である。
 
セルボーンの村には、手のひらと足の裏だけが侵される特別なハンセン病を患う人物がいた。子供の頃からこの病気のため歩いたり仕事したりできず、30歳で死ぬまで村の負担になっていた。この病気は、かつては全ヨーロッパで流行していた。イギリスでもあちこちに療養所があった。しかし、現在ではハンセン病は非常にまれな疾病になった。このようなハンセン病の衰退の理由を考えたときに、やはり栄養と生活の改善が大きいだろう。かつては肉や魚は、塩漬けの質が悪い物であったが、今では牛の生肉が手に入る。昔はすぐに汚くなる毛のシャツが肌着であったが、今はリネンのシャツを誰もが来ている。毛のシャツを着ているのは貧乏なウェールズ人だけである。パンも、昔のような皮つきの小麦粉や豆があるパンではなく、小麦だけの白いパンを食べることができる。これは、血液を甘くして、体液をふさわしいものにする。野菜もたくさん食べている。だからハンセン病は克服されたのだろう。
 
医学史的には、どの部分をあまり意味をなさない。でも、18世紀の経済発展を伸び伸びとたたえる態度は、不思議な好感を与える。
 
白い小麦粉で作ったパンについて。私は今でも皮を全部取って白くした小麦粉で作ったパンが好きである。トーストにしたり、日曜の朝にはフレンチトーストを作ってもらったりする。心の底では、このせいで健康なんだと思うけど、授業や論文ではもちろん言わないようにしている(笑)実佳は最初は困惑したけれども、誰にも迷惑がかからないし、実佳が有名なパン屋で買ってくるようなパンも食べるから、二人で食べるパンと私の白いパンと、二種類のパンを買ってくれる。
 
 
 
 

White, Gilbert, and 義雄 山内. セルボーンの博物誌. 講談社学術文庫.  Vol. [1018]: 講談社, 1992.
White, Gilbert, and Paul G. M. Foster. The Natural History of Selborne. The World's Classics. Oxford University Press, 1993.
 

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実佳が行っているチョートン・ハウスはセルボーンの近くである。次の日曜日くらいに、遊びにいくらしい。私も一度行ってみたい場所である。セルボーンという村は、イギリスのハンプシャーの小さな村であるが、18世紀の末に、その村の牧師のギルバート・ホワイトが書いた書物舞台となった村である。この書物の自然誌に関する部分が、現在では『セルボーンの自然誌』として古典となっている。ペンギンやオクスフォード大出版局から、優れたイントロと注釈が付き、挿絵を入れた書物が出版され続けている。 特に、バードウオッチングの部分が傑作として名高い。英語の文章は、柔らかさがあって、私は素晴らしいと思う。日本語でも偉大な英文学者たちが定期的に訳し替えている。私は英語は古いオックスフォード・クラシックスを持ってて、日本語は山内義雄講談社学術文庫を持っている。アマゾンに行ってみたら、アン・シコード先生がイントロと註をつけた新しいオクスフォード版が出ていたので、喜んで買っておいた。なお、日本のアマゾンでは、ペンギンとオクスフォードが混乱しているので、買う時には気を付けてください、
 
『セルボーンの博物誌』を読んでいたら、「ハンセン病の克服」という文章があったので、内容をメモ。 日本語版では、私が見ている原文にはない見出しがつけられていて、そのタイトルが「ハンセン病の克服」である。バリントンへの手紙の Letter 37である。
 
セルボーンの村には、手のひらと足の裏だけが侵される特別なハンセン病を患う人物がいた。子供の頃からこの病気のため歩いたり仕事したりできず、30歳で死ぬまで村の負担になっていた。この病気は、かつては全ヨーロッパで流行していた。イギリスでもあちこちに療養所があった。しかし、現在ではハンセン病は非常にまれな疾病になった。このようなハンセン病の衰退の理由を考えたときに、やはり栄養と生活の改善が大きいだろう。かつては肉や魚は、塩漬けの質が悪い物であったが、今では牛の生肉が手に入る。昔はすぐに汚くなる毛のシャツが肌着であったが、今はリネンのシャツを誰もが来ている。毛のシャツを着ているのは貧乏なウェールズ人だけである。パンも、昔のような皮つきの小麦粉や豆があるパンではなく、小麦だけの白いパンを食べることができる。これは、血液を甘くして、体液をふさわしいものにする。野菜もたくさん食べている。だからハンセン病は克服されたのだろう。
 
医学史的には、どの部分をあまり意味をなさない。でも、18世紀の経済発展を伸び伸びとたたえる態度は、不思議な好感を与える。
 
白い小麦粉で作ったパンについて。私は今でも皮を全部取って白くした小麦粉で作ったパンが好きである。トーストにしたり、日曜の朝にはフレンチトーストを作ってもらったりする。心の底では、このせいで健康なんだと思うけど、授業や論文ではもちろん言わないようにしている(笑)実佳は最初は困惑したけれども、誰にも迷惑がかからないし、実佳が有名なパン屋で買ってくるようなパンも食べるから、二人で食べるパンと私の白いパンと、二種類のパンを買ってくれる。
 
 
 
 

江戸時代の怪談と話における精神疾患

講演のメモです。生まれて初めて、日本の近世について人前で何かを話す講演じゃないかしら。うううむ。でもがんばろう。

 

耳袋 巻の四 「番町にて奇物に逢う事」

書き手の知人が知り合いの侍と二人で、秋の夜で風雨が強く、番町馬場のあたりでは前後往来も絶えるほどの大雨になり、提灯一つだけを紙の合羽の影にしていた。その道のかたわらに、1人の女子がうづくまっているではないか。合羽を着ているが、笠の類も見えず、女かどうかすら分からない。その脇を通り過ぎるときに、あれは何かと得と見ようかと言ったが、そんなことはしないほうがよいということになった。向こうから足軽使い風の男が二人来たので、勇気を得て戻って観てみると、そこには誰も何もいない。道の具合から、どこへも行きようがないのにと言いながら帰った。門をくぐる時に、寒気がして、翌日から瘧(マラリア)が始まって、20日ほどわずらった。連れの侍も同じように寒気がして20日ほど瘧で苦しんだ。そうしてみると、あの奇物は、瘧という病の「気」が雨中で形となったのだろうと。

なお、この作品は、ほぼ同じ形で、杉浦日向子さんが『百物語』という江戸の逸話から取ったマンガで取り上げていますので、ぜひお読みください。特徴があるタッチで、特別な疾病を起こす「気」が、秋の夜の大雨の中で何らかのかたちを取るという静かな恐怖を描いています。 

ここで取り上げられている疾病の「気」という概念は、東アジアの文化圏にとって非常に重要な概念です。気というのは、中国の医学の理論、人体と世界に関する哲学的な理論の中で中枢的な役割を持っています。医学においては、『黄帝内経』という中国で最も古く重要な医学テキストでも強調されている理論です。小曽戸洋先生のまとめを借りると、人体にかかわるあらゆる目に見えないエネルギーであり、人体は、この気と血を体内に巡らせる経路を持っており、十二経脈と言われています。この概念は、黄帝内経よりもさらに古い時代に遡ります。

この気が人体に影響を与える方法には、内因、外因、不内外因の三種があり、ここで問題になるのは外因です。これは六つの邪気があり、いずれも身体の外から侵入してくるという考え方になる。身体に虚があると、それに乗じて外から気が侵入して体を痛める。寒に傷られたのが傷寒であり、風に中てられたのが中風である。

このような、医学の具体的な技術の側面だけでなく、世界の構造や社会の構成、家族や夫婦のあり方においても「気」が重要になります。荘子は「人の生は気の集まりである。聚まれば生を為し、それが散じれば死を為す」と言っています。

そう考えると、先ほど紹介した瘧の気がこの世界に形容したという考えが、中国や日本の医学や思想の中で重要な何かに基づいたものであることが分かると思います。そして、近世の精神医療や精神疾患者への対応のある部分は、この気の考えに基づいています。

下―347 の説明を入れる <怪談集>の説明も入れる。

たとえば、人間ではなく動物の気なり霊なりが17世紀の末である寛文元年に刊行された『片仮名本・因果物語』では、甲州に住む或る関悦(かんえつ)という禅宗の長老が、伊勢と近江の堺にあるところで座禅して、その時に異相奇読を見た。その長老はそれを悟りを開いたと思い、他人を誹謗してうぬぼれるようになり、甲州に帰ったが、後に気が違って死んだ。彼が一緒に座禅をした広岩(こうがん)という長老は彼をよく知っており、彼が他の信者も傷つけていたことを語った。ある女が座禅を進められて寺に通い、30日ほどすると三尊の来迎があって、それが光輝いたから、悟りを開いたと大いに喜んだ。しかし、昼の行いや万のことは、前と同じである。それどころか、食べ物の好みも、猫のように変わって来た。そして、毎晩、猫がたぶらかして仏の姿を見せていた。この様子をある和尚が聞いて事態を見抜き、「その来迎とやらは皆妄想だ。このままだと気違い煩いになるぞ」といった。そして、その女についていた気が減り、座禅を辞めると、仏の来迎の妄想もやみ、平穏になった。 


耳袋 巻の四 「奇病の事」
松平宇京亮輝和という譜代の大名で、高崎城主8万4千石、寺社奉行大阪城代も務めたものが、家中の侍とその妻と愛人の話として以下のような物語を伝えている。侍の妻が病気で、やむなく里に帰していた。おそらく、精神疾患であったのだろう。その妻が言うには、「夫は外の女に心を寄せて自分を見捨てた。具合が悪いからといって実家に帰したのも、実は、その女の差し金である」とのこと。その様子は一通りの病気のようではない。この妻は、非常に容色が優れた女であった。一方夫は、容色はそうでもないが、体つきがたくましかった。妻が疑っていたある女は、茶坊主の娘であって、その男の体を見ては執心していたという。ただ、二人の間に不埒な不倫があったわけではなく、知り合っている仲というだけであったが、この女も発熱して、その時に、「男の本妻が私を恨んで呪詛している」などと口走っていたという。精神疾患の女が想像したの夫の不倫と、その相手と目された女が想像した妻による譴責が、空想世界の中で対話しているかのような例である。耳袋は、これも狐狸の仕業であろうと結んでいる。

 

根岸, 鎮衛, and 強 長谷川. 耳嚢. 岩波文庫. Vol. 黄(30)-261-1, 2, 3: 岩波書店, 1991.
高田, 衛. 江戸怪談集. 岩波文庫. Vol. 黄(30)-257-1, 2, 3: 岩波書店, 1989.
坂出, 祥伸, and 純代 梅川. 「気」の思想から見る道教の房中術 : いまに生きる古代中国の性愛長寿法. 心と教養シリーズ. Vol. 3: 五曜書房
星雲社 (発売), 2003.
小曽戸, 洋. 漢方の歴史 : 中国・日本の伝統医学. あじあブックス. 新版 ed. Vol. 076: 大修館書店, 2014.