森山直太朗「さくら」

友部先生が慶應で大きな研究資金で研究をしていた時に、同じチームで仕事をしていた斎藤君が京都の大学に職を得て、小さなパーティをすることになった。森山直太朗「さくら」が私たちの記憶に残る時代だった。永島さんが上手なヴィオラを、私がどうでもいい複音ハーモニカを演奏し(笑)、楽譜はまだ存命していた私の父親が書いてくれた。皆で「さくら」を歌って斎藤君は京都で立派な仕事をしている。

大道寺さんという私の研究室のPDが、職を得るための重要な資格をとうとう得た。とても難しい資格と聞いています。心の底からおめでとう!それをお祝いするランチでは、やはり「さくら」ですね。私のどうでもいいハーモニカも見つかり、楽譜もきっと存在します。少しお待ちくださいな(笑)

 

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阿波の近世について・サポンとコッヒーは日本の新薬?(笑)

徳島県薬事協議会. 徳島県薬業史. 徳島県薬事協議会, 1988.
 
8代将軍吉宗が、18世紀の初頭に一連の医療の改革を行った。小石川養生所が作られて、日本ではごく稀な「病院」が生まれたこと、江戸やその郊外に薬草園が作られたこと、オランダ語ができる学者たちがオランダの医学や科学を導入できるようになったことなど、新しい傾向が始まった。江戸だけではなく、幕府から各藩に本草学者を送り、薬の原料である植物などを発見させることを行った。阿波に派遣されたのは、植村佐平治(1690-1777)である。元は紀州家の「お庭方」であり(この役職名がちょっとわからない)、吉宗について江戸に行き、本丸の奥お庭方になり、1720年に駒場に薬園を開いた。彼が1727年に阿波に赴いたときに、複数の地域で薬物を練習することが行われた。一度の演習は、佐平治らの幕府からの使いから、阿波の藩と地域が薬物を学ぶという仕組みであった。170人、あるいは585人が、この仕事に接する大規模なものである。人夫や人足が数的には多いが、医療者や薬草見習いがフィールドに行き、それを武士、町奉行、庄屋、富裕な農民らが支えるという仕組みであった。
 
この影響を受けて、阿波では医学校が設立されるようになり、19世紀にはオランダ医学の影響を受けた。高良斎が編集した『薬品応手録』という面白い資料がある。これはシーボルトの指導に沿って、オランダ医学でよく用いる薬を、日本で利用できるものにしたものである。私は京都大学富士川文庫できれいに見ることができた。日本がオランダ医学と共有しているものが43種、日本が異邦から取り入れている(可能性がある?)のが30種、そして「内部の諸疾を治するに最も緊要なるもの」が27種ある。最後は、ジギタリスなどの新しい薬も入っているが、石鹸やコーヒー(「サポン」と「コッヒー」)なども入っている。

香月牛山『婦人ことぶき草』(1692)

とりあえず一冊の巻上1と巻上2を読んでおいた。

香月牛山. 婦人ことぶき草 : 香月牛山不妊・産育の世界. 燎原書店, 1986.
 
およそ子なきの輩は、神に仏にあゆみを運びねがふもひとつのやうなれど、ただ名医に近付けて妻妾の気血たらざるところを補わばあしからじ。芦垣の間ちかくしるしをとるべきにや。
 
婦人の性、多くは執佞(しゅうねい)にして嫉妬のこころふかし。上は皇后王妃より、下はあやしの賤の妻にいたるまで、いにしえ今にかわる事なく唐土、我朝通じて、婦人の愚情なり。 
 
子なきものが鬼神に祈ることは、中国においてもわが国においても、行われている。源頼義が三神に祈りをかけて三子を生じたことや、楠正成も毘沙門に祈って得られた子である。
 
世間で子がないものをみると、夫婦の交合が度に過ぎて、男女がそれぞれ精や血が虚乏になり、常に深く感じる交合がないがゆえに、はらむことがない。しかし、本朝仕官の人は東都(江戸)へ勤番し、あるいは市人、土民も遠い旅におもむき日を経てかえりくれば、夫婦ともに精血充盛である。この時に成功すると平生子がなきものも必ずはらむことが多い。 
>>この「市人」は、商人は他国へ旅行して、ともいう。
 
いつ交合するといいか。個人の身体の本命・五行が相生すること、そしてそれぞれの日が、曜日、陽時、毎月の月日を併せて交合すると、子供をはらむ。いずれに関しても、やや細かい議論になる。神廟、塚墓、井竈の前後、せい厠、屍柝の傍らでは交合できない。神廟の横だと木偶人になる。重要なことは、個人の身体だけではなく、世界の秩序に合わせて交合すると子供ができるという議論である。
 
子供を求めるためには、夫婦が和順することが必要である。たとえば鴛鴦をあつものとして夫婦で食べる。鴛鴦は夫婦が相離れなく仲良くしている。体質により、湿痰が多いものはそれを去る薬を飲み、痩弱の人は火を鎮める薬を飲む。具体的には、多くの種類の薬が引用されている。これらは医書道家の書に書かれている。しかし、あまり個々の薬に集中していると、世俗が薬に集中してしまう。名医に相談するのがよい。
 
鬼胎の形成。人の臓腑が温和な時にはOK。しかし、外風邪や鬼魅(狐、狸、猫、犬)などが臓腑に入って、胎児に影響を与えることが多い。これを鬼胎という。この部分は、ぞっとする記述が多い。

 

知的障碍児の収容院の廃院

 
D'Antonio, Michael. The State Boys Rebellion. Simon & Schuster, 2004.
 
これはアメリカのマサチューセッツのウォルター・E・フエルノルド発達研究センターの廃院部分。たまたまダウン症の研究に関して現れてきた施設である。19世紀の半ばに男子の知的障碍児を対象に作られ、全盛期には2,500人を修養していた。基本は慈善と福祉の産物であった。しかし、1940年代から10年ほど、栄養学や放射線による実験的な治療の試みが行われた。これらは実際に障碍が出たという水準ではなかったが、子供にも親にも了解がなった。これと結びついてダウン症の子供に関する実験も行われていた。一連の行為が、1990年代に裁判の対象となり、実験を行った MITとクエイカ―が敗北して、高額の謝罪金を払った。
 
21世紀には規模は縮小しており、2001年には収容者は300人ほどで、多くが高齢者であった。2013年に最後の患者が地域に受け取られた。
 
この精神病院に関してすぐれた書物が出ている。これは読んでおこう。そのような暗さを持った動きと並行して、もっとよい形で障碍児をケアする力があった人たちが存在する。そちらの人たちについても、よい書物を読んでみたい。 

ワインと医学の歴史

Robinson, Jancis and Julia Harding. The Oxford Companion to Wine. 3rd ed. / edited by Jancis Robinson ;  assistant editor, Julia Harding edition, Oxford University Press, 2006
 
Arnaldus, de Villanova. "The Earliest Printed Book on Wine / by Arnald of Villanova ; Now for the First Time  Rendered into English, and with an Historical Essay, by Henry E. Sigerist ; with Facsimile of the  Original Edition, 1478." Schuman's, Fri Jan 01 00:00:00 BST 1943 1943, pp. 0-0.
 
Villanova, Arnaldo da. Tratato dui vini. 2015.
 
2015年にオクスフォードのワイン百科事典の第4版が出た。そのうち買いたいけれども、まだ買っておらず、2006年の第3版を見ている。今朝、休日の朝のゆっくりした時間にふと気がついて medicine という項目を見たら、1ページの2/3くらいを占拠する面白い巨大エントリーだったので、それをメモ。
 
古代から18世紀までワインは医療の中で重要なものであった。宗教とも深く結びついていた。最初のエントリーはエジプトのパピルスや、シュメールの2200BCEの書字版にワインの効果が書き込まれている。医薬の中でもっとも古い記録はワインについての記入であるとのこと。ギリシアではヒポクラテスの言説があり、ガレノスは剣闘士の医師を務めていた時期があるだけに、傷を消毒するものとしての記述が細かい。ケルススは産地ごとにワインの効力を評価するという部分がある。新約聖書ルカによる福音書には「善きサマリア人のたとえ」があり、強盗に襲われて傷ついた旅人に「オリーブ油とワイン」を塗ってケアをする部分がある。イスラム教の文化は、もちろんガレノスを読んでよく知っていたと同時に、コーランがアルコールを飲むことを禁じている(らしい)ので、ワインを傷口などに塗ることだけ進めている。中世においては、修道院が強力なワインの産地となった。モンペリエのアルベルト・ド・ヴィラノバがワインについて論じた。12世紀に導入された蒸留器がワインを加工して利用する道を開いた。ワインを加工してさまざまなものをまぜて aqua vitae と呼ばれたワイン系の飲み物は、消毒の機能も高く持っていた。
 
19世紀にはワインの意味合いが変る。しかし利用は続けられ、1892年のハンブルクでのコレラ流行でもワインのアルコールが消毒に用いられていた。20世紀にはポートが療養や回復に使われていた(ヒヤヒヤ)。医者が論争にかかわるありさまもあり、フランスでは、ルイ14世の侍医が、シャンパンを批判してブルゴーニュを称賛するということをしているとのこと。
 
引用されていたジゲリストの論文は、ヴィラノバのラテン語を英訳したもの。もちろんこれは手に入らない。しかし、しっかりした学術的な仕事で、ラテン語原文とイタリア語訳が Kindle で600円くらいで売っている。

イギリスのEU離脱と薬の買いだめ

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イギリスの EU離脱の影響。イギリスの方たちと時々話すと、何がどうなるのかわからないが、考えられないほどありえないことだと言っています。これは、痛み止めだとか血圧とか、比較的シンプルな薬が足りなくなってきていて、これが EU離脱とおそらく関係あるとのこと。人々が薬を買いだめするようになるとのこと。

「薬の買いだめ」。これは、今のリサーチで使うことができる、重要な概念ですね。薬を消費する患者は、どのくらいが買いだめた薬なのか。薬のことを調べ始めて、はじめてアイデアを持つことができました!これを調べます!