Entries from 2012-08-01 to 1 month

芥川とプリンツホルンなど

芥川龍之介『歯車』芥川の短い生涯の最晩年の作品である『歯車』を読む。精神医学の歴史の研究で昭和戦前期の患者の症例誌をたくさん読むようになって、芥川の後期の作品、特に『歯車』について、ある側面がよく分かるようになったと思う。逆に言うと、芥川…

満州・モンゴルの比較精神医学

田村幸雄「満州国に於ける邪病(Hsieh-Ping), 鬼病(Kuei-Ping), 巫医 (Wui), 過陰者(Kuoyinche), 並びに蒙古のビロンチ、ライチャン及びボウに就いて」『精神神経学雑誌』44(1940), 40-54.内村がアイヌのイムについてまとまった論文を『精神神経学雑誌』に発…

厚生省『昭和29年精神衛生実態調査報告』

厚生省『昭和29年精神衛生実態調査報告』S34年3月1日に厚生省公衆衛生局長が「序」精神衛生対策を革新的に進展させるために極めて有意義なものであった。精神障害者に対する医療および保護の瀬作を推進するのみならず、さらに進んで精神障害者の発生を予防す…

犯罪者の精神と身体

アドルフ・レンツ『犯罪生物学原論―受刑者の審査による犯罪者の人格の発達と本性』吉益脩夫訳(東京:岩波書店、1938)訳者の吉益脩夫は東大・三宅鉱一門下の精神医学者で、優生学や断種に好意的であった少数派の精神医学者である。この著作は、ドイツ語の原…

「動く知識」としての科学史

Secord, James A., “Knowledge in Transit”, Isis, 95(2004), 654-672.2004年に行われた、アメリカ、イギリス、カナダの科学史学会が合同で行った大会でのプレナリースピーチを原稿にしたもの。柔らかいユーモアがちりばめられ、決して力まないで大きなヴィ…

「内村祐之先生生誕100周年を記念して」

風祭元ほか「内村祐之先生生誕100周年を記念して」『臨床精神医学』26(1997), no.12, 1655-1676.内村祐之は1936年から58年にかけて東大精神科の教授であった。1997年が内村生誕100周年であるという理由で、内村の弟子筋にあたる精神医学者たちが内村の思い出…

『雨月物語』

『雨月物語』は溝口健二が1953年に作成した映画で、ヴェネチア国際映画祭銀賞をはじめ、多くの映画賞に輝いている。ストーリーは、上田秋成の『雨月物語』から「浅茅が宿」と「蛇性の淫」の二つの物語を組み合わせたものになっている。時代設定は戦国時代で…

歯科衛生士の専門職化

宝月理恵「戦後日本における歯科衛生士の専門職化―口腔医療をめぐる支配管轄権の変容から―」『保健医療社会学論集』23(2012), no.1, 85-95.歯医者さんに行くと、診療室が小さいだけに、そこに複雑な職業と縄張りと男性・女性、上司・部下という関係を濃密に…

小川正子『小島の春』

小川正子『小島の春』(東京:長崎書房、1938)小川正子は、東京女子医専を卒業し、ハンセン病患者の収容施設である長島愛生園に奉職した女性医師である。彼女の仕事の一つに、いまだ収容施設に入所しないまま生活している患者の村を訪ねて愛生園への入所を…

鈴木秀子「貴重書紹介 アンドレアス・ヴェサリウス『人体の構造についての七つの書』」

鈴木秀子「貴重書紹介 アンドレアス・ヴェサリウス『人体の構造についての七つの書』--1543年,バーゼル,オポリヌス書店刊 (蔵書の玉手箱)」『図書の譜』(4), 90-118,図巻頭2枚, 2000-03.明治大学図書館がヴェサリウス『人体構造論』の初版を所蔵しており、そ…

アラン・ヤング先生集中講義詳細

来週から、アラン・ヤング先生が慶應に集中講義でいらっしゃいます。日本で講演される機会は、なかなかな いと思いますので、ご関心のある方は、どうぞいらしてください。尚、水曜にはシンポジウムも開催されますので、よろしくお願いしま す。Allan Young's…

アラン・ヤング先生・ジュゼッペ・スクリッパ先生集中講義

8月27日-9月4日に、慶應義塾大学三田キャンパスで、ヤング,アラン先生(McGill大学)/スクリッパ,ジュセッペ先生(Univ.di Roma)の集中講義が開催されます医療人類学、宗教人類学場所:慶大・三田校舎=2B11教室日時:8月27日(月) 2時限・3…

全体主義下の精神医学

1943年7月1日に、神田区一ツ橋学士会館で、精神厚生会の発会式が挙行された。(精神病者)救治会、精神衛生会、精神病院協会の三協会が発展解消的に合同して作られたものである。小泉厚生大臣をはじめ、政界・医界の名士が200名近く出席し、精神医学の重要性…

ブラウン『アウグスティヌス伝』

ピーター・ブラウン『アウグスティヌス伝』上・下、出村和彦訳(東京:教文館、2004)The Body and Society の著者であるピーター・ブラウンは私のヒーローの一人である。この書物は、<学識と明晰さと深さの融合>という学問の理想をポスドク時代の私に鮮明…

国際衛生とウィーン会議体制

Harrison, Mark, “Disease, Diplomacy, and International Commerce: The Origins of International Sanitary Regulation in the Nineteenth Century”, Journal of Global History, 1(2006), 197-217.オクスフォードのウェルカム・ユニットの所長であるマー…

『家計簿からみた近代日本生活史』

中村隆英『家計簿からみた近代日本生活史』(東京:東京大学出版会、1993)家計簿というものは、私自身の家ではつけていないけれども、私の母親はつけていた。年末の婦人雑誌(たぶん『主婦の友』だと思う)の付録で、母親がいつも読んでいる婦人雑誌とは違…

木下是雄『理科系の作文技術』

木下是雄『理科系の作文技術』(東京:中公新書、1981)かつての「文章読本」は美しい文章を書くお手本であり、その書き手はしばしば著名な文学者であったのに対し、近年では、自然科学系・社会科学系の学者が「文章の技法」を指南する例が増えてきている。…

シンガー/アンガーウッド『医学の歴史』

チャールズ・シンガー、E.A. アンダーウッド『医学の歴史』酒井シヅ・深瀬泰旦訳、全4巻(東京:朝倉書店、1985-6)古代エジプトから20世紀半ばまでの医学史の通史である。日本語の書物としては、川喜田愛郎『近代医学の史的基盤』と並んで、私たちが標準的…

日本の戦争と精神医学

岡田靖雄「空襲時精神病―植松七九郎・鹽入圓祐の資料から―」『15年戦争と日本の医学医療研究会会報』10(2010), no.2, 10-14.著者は日本の精神医療史研究の第一人者で、その緻密な資料収集と広く細かい知識で精神医学史の発展に大いに貢献してきた。その業績…

「阿片を用いた日本の中国侵略」

倉橋正直「阿片を用いた日本の中国侵略」『15年戦争と日本の医学医療研究会会報』7巻1号(2007年2月), 1-9.戦前日本の麻薬政策は、これまでの研究が明らかにした範囲では、国家ぐるみで国際条約に違反して麻薬を輸出して経済的な利益を上げていた可能性が非…

日中戦争・太平洋戦争と神経質

和田小夜子「支那事変及び太平洋戦争を含む最近10ヶ年間に於ける神経質患者の消長」『精神神経学雑誌』49(1947), no.12, 50-53.<戦争は、国民の精神を健康にしているという議論も存在した。たとえば、1944年に執筆された論文では、東大の精神科外来の統計を…

芥川龍之介『或阿呆の一生』「路上」

芥川龍之介『或阿呆の一生』「路上」昭和2年に発表された芥川『或阿呆の一生』に、芥川が精神病院を訪問した記憶の断片を焼き付けたような一文がある。狂人たちはみな鼠色の着物を着ていて、そのために部屋はいっそう憂鬱になっている。一人はオルガンに向か…

『ジェイン・エア』

映画『ジェイン・エア』を観た。学生時代にがんばって原作を通読して、私が初めて面白いと思った英語の作品だから思い出深い作品。これは原作の価値とか私の趣味とかそういう問題ではなく、小説を英語で読んで面白いと思えるほど英語ができるようになったち…

社会科学とフィールド・ラボ境界の問題

Gieryn, Thomas F., “City as Truth-Spot: Laboratories and Field-Sites in Urban Studies”, Social Studies of Science, 36(2006), 5-38.科学研究の空間性を分析するヒストリオグラフィを用いて、いわゆるシカゴ学派と呼ばれる社会学研究を研究した成果で…

「虚談」の面白み

幸田露伴の『武田信玄』を読んでいたら面白い言葉があったので、メモする。古の事でも今の事でも、虚談には面白いのが多くて、おもしろいのには虚談が多い。真実の事は虚妄の談よりおもしろかるべきであるが、少なくとも虚談の製造者に瞞着されて、そしてそ…

デューラー『梅毒の男』

Eisler, Colin, “Who Is Duerer’s Syphilitic Man?”, Perspectives in Biology and Medicine, 52(2009), 48-60.必要があって、デューラーの「梅毒の男」という木版画についての論文を読む。重要な発見をシンプルに語った、古典端正な論文である。「梅毒にか…

高橋英次『優生学序説』(1952)

高橋英次『優生学序説』(1952)分裂病の遺伝については、それが遺伝と深い関係を持っていることについては合意があったが、その遺伝様式のメカニズムになるとさまざまな異なった意見が存在した。たとえば、単純な劣性遺伝であるとするもの、主要遺伝質と副…

イギリスの港湾衛生と検疫

Maglen, Krista, “’The First Line of Defence’: British Quarantine and the Port Sanitary Authorities in the Nineteenth Century”, Social History of Medicine, 15(2002), 413-428.同じく Port Sanitary Authority についてのより新しい研究。ハーディ…

1860年代以降のイギリスのコレラ対策

Hardy, Anne, “Cholera, Quarantine and the English Preventive System, 1850-1895”, Medical History, 37(1993), 250-269.必要があって、1860年代以降のイギリスのコレラ対策について、若き日のアン・ハーディが書いた論文を読む。厚みがあるリサーチから…

タバコの伝来と風俗について

鈴木達也『喫煙伝来史の研究』(京都:思文閣出版、1999)喫煙伝来史の書物を読む。著者は、通常の研究者ではなく、本業は会社の社長で趣味がパイプ、その趣味が高じて本格的な喫煙伝来史の本を書くことになったという面白い経歴である。お医者さんの趣味の…