タバコの伝来と風俗について

鈴木達也『喫煙伝来史の研究』(京都:思文閣出版、1999)
喫煙伝来史の書物を読む。著者は、通常の研究者ではなく、本業は会社の社長で趣味がパイプ、その趣味が高じて本格的な喫煙伝来史の本を書くことになったという面白い経歴である。お医者さんの趣味の医学史というのとは少し違うけれども、こういう高級な趣味を持っている人々は総じて豊かな精神生活を持つだろうし、プロの医学史研究者にとって、大切にしなければならないグループになると思う。これは聞いた話だけれども、イギリスのジョンソン協会か何かで、学者たちと素人の愛好家たちの間で「トリヴィア・クイズ合戦」があったときに、もちろん素人の愛好家たちが大勝利して、素人のジョンソン愛好家たちは大喜びで、学者たちもにこにこと苦笑していたという話があって、このあたりが、医学史を成功させる重要な契機になると私は思っている。

この書物は、もちろん好事家の書物だから、それらしい内容であるし、プロの学者があら捜しをしようと思えば簡単に欠点を指摘できるだろう。(私ですら、「<文脈>をカタカナで表現するときには<コンテクスト>と書くべきで、<コンテックス>ではありませんよ」と言うことができる)しかし、そういうことをするよりも、好事家の仕事の範囲の中で非常に水準が高い部分を楽しんだほうがいいと思う。

特に面白かった記述が、日本にタバコと喫煙がどのようにして入ってきたかという考察の中で、初期の喫煙は、タバコの葉を刻んでキセルにつめて吸うのとは違う方法を用いており、タバコの葉を巻いて筒状にして、広いところを指に挟んで狭いところを吸うという方法であったという部分である。この記述は、巻かれて紡錘状になったタバコの葉に火をつけて吸うという、葉巻のようなものを思わせる。これと少し違うのが、刻んだタバコを紙で巻いて、手製のシガレットのようなものを作って吸うという方法である。さらに、近年まで、熊野地方では、紙ではなくツバキ、カシ、カキの葉などを外皮にして刻みタバコを巻いて吸っていたという。これを「シバマキ」と呼んでおり、当地の特徴的な風俗として江戸時代には有名であった。「山がつが けぶり吹きけん 跡ならし 椿の巻葉 霜に凍れり」という歌まであるとのことであった。巻く葉の好みも、熊野の中の土地によって違い、中辺路ではツバキの葉が、本宮町や十津川ではカシの葉が好まれた。ツバキの葉が手に入らない場合は、サルトリイバラで代用されたという。

これは、田舎に行くと、まだ紙が貴重品だったという理由もあると思うけれども、たしかに、キセルとは違った喫煙方法が日本に伝播し、多くの地方ではキセルにとってかわられたが、熊野地方ではキセルではない「巻たばこ」が残存したことを示唆する興味深い議論だと思う。