Entries from 2012-10-01 to 1 month

ハインリッヒ・シッパゲース「アラビア医学とその治療学の人間性

ハインリッヒ・シッパゲース「アラビア医学とその治療学の人間性」H. テレンバッハ編『精神医学治療批判―古代健康訓から現代医療まで』木村敏・長島真理・高橋潔訳(東京:創造出版、1982)、47-77.医学が常に直面してきた理論と実践について、アラビアの医…

山本茂実『あゝ野麦峠』

山本茂実『あゝ野麦峠』近代日本の経済発展のうち輸出を牽引したのは絹の製糸であった。絹糸の輸出で得た外貨は、日清・日露戦争の軍備を整える基礎となり、「女工がお国のために働く」というのは当時の日本にとっての現実そのものであった。長野の諏訪湖畔…

『日本残酷物語』

宮本常一・山本周五郎・揖西光速・山代巴監修『日本残酷物語 5 近代の暗黒』(東京:平凡社、1995)もともとは1959-61年に刊行された同名の書物を再刊した「平凡社ライブラリー」の五巻本の掉尾の一冊。都市のスラム、炭鉱、結核に倒れた紡績女工、貧困と被…

芥川の書簡から

日曜の午後をゆっくり休んで、芥川龍之介の晩年の書簡を読む。岩波の全集でいうと第20巻である。手紙の文体に感心し、トリヴィアルな些事に軽く驚き、晩年の病気について少し鮮明なイメージを得た。手紙にはきびきびと要件を書きながら品格を保ったものが多…

マリオ・バルガス=リョサ『継母礼賛』

マリオ・バルガス=リョサ『継母礼賛』西村英一郎訳(東京:中央公論社、2012)バルガス=リョサは、ペルーの作家で、2010年にノーベル文学賞を受賞した。作品を読むのは初めて。二日続けて傑作だという記事を書くことは珍しいけれども、この作品も一年に一…

パノフスキー『<象徴形式>としての遠近法』

エルヴィン・パノフスキー『<象徴形式>としての遠近法』木田元監訳、川戸れい子・上村清雄訳(東京:ちくま書房、2009)何の必要だったのか忘れたが、しばらく前に何らかの必要があって買ったけれども読む時間がないままその必要が消えてしまった本である…

幸田露伴「一国の首都」

幸田露伴「一国の首都」幸田露伴が明治33年に東京の過去と現在と将来を論じた論考である。江戸は300年近くにわたって造られ、生きられ、誇りにされてきたが、その江戸を「破壊して」薩長の侍たちが東京を造り始めてから30年がすぎた時点において書かれた。30…

寺内大吉『化城の昭和史』

寺内大吉『化城の昭和史―二・二六事件への道と日蓮主義者』(東京:中公文庫、1996)寺内大吉という人物は、私にとってはTBSの番組「キックボクシング」の解説者であった。キックボクシングは、凶器、流血、乱闘といったことが日常茶飯事のプロレスに較べた…

戦前の精神病質と再犯の調査

吉益脩夫「判決時に於ける初犯者の社会的予後」『民族衛生』16, no.1. (1949), 20-26.大正期から精神医学者が問題にしていた「中間者」という概念を具体的な研究によって調査した論文。昭和6-7年の東京において初犯で判決を受けたものの精神医学的検査を行…

北條民雄『いのちの初夜』

北條民雄『いのちの初夜』(東京:角川書店、1997)角川文庫から出ている北條民雄の著作集。彼のヒット作である「いのちの初夜」を冒頭に置き、それ以外の創作の形式を持つ作品が5点、「癩院記録」「続癩院記録」というルポルタージュ風の作品が2点収められ…

『海辺のカフカ』

『海辺のカフカ』村上春樹のノーベル賞のお祝いに読もうかと思って買った。結局ノーベル賞は取れなかったけれども、それでも楽しく読んだ。基本的な構成は、『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』にとても良く似ていて、二つのストーリーが交互…

青木歳幸『小城の医学と地域医療―病をいやす―』

青木歳幸『小城の医学と地域医療―病をいやす―』(佐賀:佐賀大学地域学歴史文化研究センター、2011)近世の医学史の新しい標準的な教科書『江戸時代の医学』を書かれた青木先生から、編集された展覧会のカタログをいただいた。小城(おぎ)市の医療について…

初期近代のプロト生権力について

末木文美士『日本宗教史』(東京:岩波新書、2006)日本の仏教が江戸期に「葬式仏教化」したことの反面である人口学・プロト生権力の形成について、新書からメモした。日本でもヨーロッパでも、近世や初期近代の時代に入ると、宗教組織が人間の生死を公的に…

柏木博『探偵小説の室内』

柏木博『探偵小説の室内』(東京:白水社、2011)気軽に読めるカルスタ系の文芸評論・推理小説論である。扱っている概念は「室内」という装置を通して、近代文明や自我などの大きな主題であるが、推理小説を同時代に関連付ける楽しさが前面に出ていて、読ん…

半藤一利『ノモンハンの夏』

半藤一利『ノモンハンの夏』同じく半藤一利が1939年のノモンハン事件を取り上げた書物。ノモンハン事件を三つの空間的な場において描く複雑な構成を持っている。最も現場に近い関東軍と東京の「三宅坂上」の陸軍参謀本部の対立、同じく東京の陸軍と海軍・外…

半藤一利『日本のいちばん長い日』

半藤一利『日本のいちばん長い日』8月15日の終戦の詔勅のラジオ放送の前の24時間の日本政府の様子をたどったドキュメンタリーである。子供の頃にTVで放映された映画を観た記憶がある。主役は陸軍である。陸軍は、日本の軍国主義化、中国の侵略と戦争の泥沼化…

中世イスラムの旅行記

Ibn Fadl?n, Ibn Fadl?n and the Land of Darkness: Arab Travellers in the Far North, translated with an introduction by Paul Lunde and Caroline Stone (London: Penguin Books, 2012)私が知らないことはたくさんあるが、中世のイスラム世界についての…

『仙界異聞』

平田篤胤『仙界異聞・勝五郎再生記聞』子安宣邦校注(東京:岩波書店、2000)平田篤胤に『仙境異聞』という作品があることを最近知った。文政3年(1820年)、浅草観音堂に前に少年寅吉なる人物が現れ、幼い頃山人(天狗)に連れ去られ、そのもとで生活・修行…

精神衛生実態調査(昭和29年)

厚生省公衆衛生局精神衛生課『昭和29年度精神衛生実態調査』(1959)昭和29年に実施された「精神衛生実態調査」が、昭和34年に出版された。少し時間がかかっているように思うが、その間に、衛生局の局長が山口正義から尾村偉久に変わったことと関係があるの…

『Medicine ― 医学を変えた70の発見』

ウィリアム・バイナム、ヘレン・バイナム『Medicine - 医学を変えた70の発見』鈴木晃仁・鈴木実佳訳(東京:医学書院、2012)内容は一般向けの医学史の書物であるが、フルカラーの大きな画像が数百枚もふんだんに使われていることに大きな特徴がある。出版社…

軍規と処罰の妄想

青木義治「環境の幻覚及び妄想に及ぼす影響」(1)-(3) 『医療』vol.5, no.1: 1951, 5-8; vol.5, no.5: 1951, 266-269; vol.5, no.8: 1951, 410-415.国府台病院の「精神科医長」であった青木義治による論文。幻覚と妄想が、環境や社会的条件によってどのように…

ディドロ『ブーガンヴィル旅行記補遺』

ディドロ『ブーガンヴィル旅行記補遺』『ダランベールの夢』の「対談の続き」は、性と生殖をめぐる議論がほとんどであって、性と生殖の問題から社会と文化の道徳論、法律論、そしてもっとも重要な宗教論へと展開していく部分はほとんど描かれていない。その…

『ダランベールの夢』

ディドロ『ダランベールの夢―他四篇』新村猛訳(東京:岩波書店、1958)学部1・2年生向けの歴史学の授業「身体の歴史―近代編」が始まった。「身体の歴史」という構想は2年目で、去年の秋学期はメアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』で始めたけれども…

諏訪敬三郎「今次戦争における精神疾患」

諏訪敬三郎「今次戦争に於ける精神疾患の概況」『医療』vo.1, no.4(1948), 17-20.昭和13年から陸軍の精神疾患の患者は一括して国府台陸軍病院に送ることになっており、その院長が諏訪敬三郎であったから、日本の戦時精神医学の責任者による概況観察となる。…

いわさきちひろの最初の夫と梅毒

いわさきちひろは二度結婚しており、最初の夫は結婚後1年ほどで自殺している。二度目の夫は、共産党員として知り合った元国会議員の松本善明であり、彼との結婚生活の中でちひろの画業が花ひらいたが、最初の夫については断片的な記述しかない。『芸術新潮』…

島木健作「癩」

島木健作「癩」島木健作の「癩」。「青空文庫」に掲載されていたものからPDFを作り、iPad で読んだ。主人公は共産党員で、政治活動のために投獄され、監獄で喀血して結核患者として病者用の別棟に移される。隣の病室には、もう一つの感染症であるハンセン病…

高山文彦『火花―北条民雄の生涯』

高山文彦『火花―北条民雄の生涯』(東京:飛鳥新社、1999)北条民雄はハンセン病の患者で東京の全生園で没した人物のペンネームである。川端康成に作品を送って認められ、『いのちの初夜』(1936)はハンセン病患者自身が書いた文学作品ということもあって、大…

トマス・プラッターが遭遇したペスト

トマス・プラッター『放浪学生プラッターの手記―スイスのルネサンス人』阿部謹也訳(東京:平凡社、1985)トマス・プラッターは16世紀に職人をしながら放浪学生であった人物で、その息子フェリックスはバーゼル大学の教授で著名な医師であった。トマス・プラ…

日本の麻酔分娩

大西香世「麻酔分娩をめぐる政治と制度―なぜ日本では麻酔による無痛分娩の普及が挫折したのか―」『年報 科学・技術・社会』21(2012), 1-35.興味深い問題を設定し、興味深い視点からリサーチして答えようとした優れた論文である。その途上で明らかにしたこと…

木下是雄『レポートの組み立て方』

木下是雄『レポートの組み立て方』(東京:ちくま書房、1994)著者の木下はもともとは物理学者で、1981年に『理科系の作文技術』というヒット作を書き、それから10年近くたった1990年に、本書『レポートの組み立て方』が上梓された。並べて較べてみたわけで…