『日本残酷物語』

宮本常一山本周五郎・揖西光速・山代巴監修『日本残酷物語 5 近代の暗黒』(東京:平凡社、1995)
もともとは1959-61年に刊行された同名の書物を再刊した「平凡社ライブラリー」の五巻本の掉尾の一冊。都市のスラム、炭鉱、結核に倒れた紡績女工、貧困と被差別部落に起きた米騒動、北海道の開発の前線の土工、『蟹工船』で有名な漁業労働者、強制連行されて酷使された朝鮮人の労働者など、日本の近代化の暗黒面に光を当てた傑作のルポルタージュである。日本近代化の激動の中で搾取されて孤立化し、凄惨な暴力による懲罰と、酒や博打や女郎などの自滅的な行為の中で破滅に向かって死んでいった人々の記録である。この中には、精神病は大きな問題であった。生来や幼少期からの精神障害を持つ人々や、女郎買いで罹った梅毒の結果の進行麻痺は大きな問題だったし、過酷な生活と消耗は精神病を(おそらく)多発させた。

同じ時期に、東京をはじめとする日本の大都市は繁栄し、大学を中心とする学問や文化的な雑誌もさかえた。ドイツの最新の精神医学が教えられ、最新の治療法は開発されるとすぐに移植され、医師たちは鉄筋コンクリート造りの病院を続々と開業した。これらの病院には、数は諸外国と比べて決して多くないが、公費で患者を受け入れる病床も設けられた。

公費病床のある部分は、本書が描くような社会の底辺層の精神病者によって占められた。私が見ている精神病院の昭和戦前期においては、その割合は決して高くはない。あらましの数字はまだ出せないし、具体的な症例を整理することはできないが、多数派はリスペクタブルな貧民であり、その家庭は貧困に苦しんでいても、まだ患者に定期的に面会することができた。しかし、社会の底辺に沈んでいった患者たちも、たしかに存在する。山形の農家を出て、北海道の漁業労働者になってから東京に移住して土工をしていたものや、娼妓となって梅毒にかかってGPIを発症したもの、朝鮮からの労働者などは、このセクターに分類できる。

ここには、日本近代の光と闇が交錯する姿がある。この姿をきちんととらえることができれば、戦前の精神医学のかたちが幾分ははっきりとわかるのだけれども。