中世イスラムの旅行記

Ibn Fadl?n, Ibn Fadl?n and the Land of Darkness: Arab Travellers in the Far North, translated with an introduction by Paul Lunde and Caroline Stone (London: Penguin Books, 2012)
私が知らないことはたくさんあるが、中世のイスラム世界についての知識はその中でも特に惨めなほど少なくて悲しんでいたところ、London Review of Books の広告から、中世イスラムの旅行者たちによる中央アジア附近の記述を集めて一冊にまとめた一冊ものの旅行記集を見つけてきて、少し自由な時間を取ることができたときに読んだ。

素晴らしい書物で、一語一句が、まるで乾いた砂にしみ込む水のように、心にしみ込んでいった。古代から中世の年代記や歴史や地理書には、神々と英雄と怪物と王の軍勢の匂いがしみこんでおり、この書物にもそのような記述が入っている。ウラル山脈を要害とする囲まれた土地にある国、ゴッグとマゴッグの記述、要塞の鉄の扉の記述などは、まるで『指輪物語』を読んでいるかのようである。それとならんで、旅行記にふさわしい個々の事実についての観察や個人の印象も描かれる。たとえば、ホラズムは最も野蛮な地域で、ホラズムの人々の言葉はホシガラスの鳴き声のよう、その近くのカルダーリャの人々の言葉は蛙の鳴き声のようだという記述。病気になると「穢れ」を恐れて、家族は近くに寄らずに、家の近くに小屋を建ててそこに病人を入れて、奴隷に看病をさせる記述。貴人が死んだあとに奴隷の女が一緒に殺して埋葬することになり、死んだ男の友人たちが皆その奴隷の女と性交して、「おまえの主人によろしく」と言う記述。どれも、年代記や歴史の濃厚な乳の表面に浮かんだ、薄いけれどもしっかりとした形をもっている膜のような印象を持つ。