社会科学とフィールド・ラボ境界の問題

Gieryn, Thomas F., “City as Truth-Spot: Laboratories and Field-Sites in Urban Studies”, Social Studies of Science, 36(2006), 5-38.
科学研究の空間性を分析するヒストリオグラフィを用いて、いわゆるシカゴ学派と呼ばれる社会学研究を研究した成果である。特に、20世紀の科学において重要であった「ラボラトリー」と「フィールド」という二つの科学研究のサイトの対比と共存というコンセプトを用いて、シカゴ学派の理論と研究では都市が「ラボラトリー」と「フィールド」の二重の役割を果たしていたという議論である。

フィールドにおける科学研究は、科学史のヒストリオグラフィの中では、実験室における科学との対比と共存の脈絡の中に位置づけるのが主流である。すなわち、信頼され権威を持つ科学的な知識を生み出す装置として、実験室とフィールドは対比的であると同時に結びつけられていた。実験室は、個々の事物や場所の特殊性は最小化し、科学者の操作性は最大化し、手続きは標準化された空間で知識を生産するのに対し、フィールドは人工化に手が加えられない、自然が作り出した生の状態を観察する空間である。しかし、フィールドが持つ個別性による「汚染」から科学知識を守るためには、自然なフィールドから得られた知識に、実験室が持つ人工性・操作性を付与するさらなる仕掛けを施さなければならない。多くの学問領域において、実験室とフィールドという二つの異質な知識生産のメカニズムが対立しながら共存しているさまが説かれている。

一方で、医学史研究においては、フィールドワークの医学、特にこの論文が取り上げるある地域における疫病調査は、実験室との対比・共存においてというより、臨床医学という形態との連関において捉えられてきた。臨床医学は個人の患者が主体として個人の医師と出会う形態の医療であるのに対し、フィールドワークの医学は、公衆衛生であり社会医学であり人口の医学であった。