『嵯峨野明月記』

出張先の空港のロビーで辻邦生『嵯峨野明月記』を読む。中公文庫版。

恥ずかしながら、私はこの作品を読むまで知らなかったのだけれども、日本の書物の歴史において、「嵯峨本」と称されている、17世紀の初頭に刊行された一連の豪華美麗本があるという。本阿弥光悦の書を版下とし、俵屋宗達が製した料紙に刷ったもので、水運や治水で有名な角倉家の角倉素庵が版元になったという。嵯峨本の誕生にかかわった、光悦、宗達、角倉素庵の三者が、それぞれ「一の声」「二の声」「三の声」として、おのおのの人生の幼少期から晩年までを交互に語るという構成になっている。三者が運命に引き寄せられるにして嵯峨本制作にかかわるようになったありさまが、それぞれの視点から語られている。

この三者は、教科書風にいうと、それぞれ、古典主義的な優美さの追求、ロマン主義的な魂の声としての芸術観、そして世人の実利に益することを求める実業主義を象徴している。こういったシンプルな基本モチーフをもとにして、それぞれの「声」が個人的な出来事や時代の動乱の中で揺れながら、おのおのの理想を模索する中で、嵯峨本が実現するありさまが描かれている。

巻末の解説は、この三つの声の関係を、「三人がそれぞれに担う宿命の形がちがう」として、三人を分けて考えるべきだとしている。きっとその通りなのだろう。けれども、私自身は、三人のどの独白にも感情移入して読む部分があった。その感情移入の比重は違うけれども、どの声も、私自身の思いとかなり重なる部分があった。自分の印象をもとにある作品の基本構想を云々するのは素人くさいけれども、もともと素人ですし(笑)、私には一人の人間の中に共存する三つの側面を描いた作品に読めた。

京都を蹂躙した戦国時代の戦乱や秀吉の朝鮮出兵などについての描写は、背景という以上にかなりの分量を占めていて、それぞれの「声」の形成にも大きな役割を担っている。作家の辻邦生や、その世代の人々には、このあたりが身につまされるのだろう。特に、朝鮮出兵は、かなり露骨に日本の侵略戦争を念頭において書かれている。その部分は、私には作品としてはちょっと退屈に思えたけれども。

タイトルの『嵯峨野明月記』は、冒頭近くで光悦の語りの中に登場する情景に由来する。嵯峨野の清涼院のあたりの池の畔で、月を愛でていた美しい女性に会い、光悦が彼女を愛するようになるくだりは、それこそ美しい料紙に書くと映えるような文章だった。