娼婦の学校


 未読山の中からピエトロ・アレッティーノの英訳を読む。文献はAretino, Pietro, The Secret Life of Nuns, foreword by Paul Bailey, introduction and translation by Andrew Brown (London: Hesperus, 2006); The Secret Life of Wives, foreword by Paul Bailey, introduction and translation by Andrew Brown (London: Hesperus, 2006); The School of Whoredom, foreword by Paul Bailey, introduction by Rosa Maria Falvo and translation by Rosa Maria Falvo, Alessandro Gallenzi and Rebecca Skipwith (London: Hesperus, 2003).

 本来数ヶ月前に読まなければならなかった本。月並みな感想で申し訳ないが、読む必要に迫られていないときに読む本というのは、どうしてこんなに面白く、知的に刺激的なのだろう? 

 アレッティーノはルネッサンスの文人で、辛らつな風刺で名高い。彼には『ラジオナメンティ』と『ディアローゴ』という二冊の猥褻な書物があって、どちらももと娼婦のナナが語り手になっていて、前者はナナが、修道女として、妻として、そして娼婦として経験し見聞きしたことを、友人のアントニアに語るというもの、後者は娘のピッパに娼婦の心得を語るというもの。どちらも一日に一つの長い話を三日にわたってするという形式になっているので、二つの著作を総称して「六日物語」というそうである。私が読んだのは、1,2,4日目の話。どれも100ページ足らずの短い本だからさらさらと読める。最初の三日間の分については日本語訳もあるが、優れたイントロがついたもので読んだので、驚くほど新しい発見があった。

 一つだけトリヴィアなエピソードの紹介を。School of Whoredom で、母親が娘に娼婦の心構えを説いている中で、先日の「ディーテイルズ・番外編」で取り上げた「歯を見せる・見せない」の話があった。ナナは娘にこんな忠告をする。

「殿方たちの前で笑うときには声を立てちゃだめよ。淫売じゃないんだから、口のなかに何があるか見られちゃだめ。顔のどの部分も愛らしく見えるように笑うのよ。微笑んで、顔を輝かせれば、美しさも引き立つんだから。笑ったときに口から歯が見えるくらいなら、汚い言葉を吐いたほうがましよ。」

 なるほど・・・「顔のどの部分も愛らしく見えるように」笑うのか・・・ 顔面はパーツなわけだったのか。 顔面に幾つ筋肉があるか知らないけれども、その筋肉を統御して、それぞれの部分を完成させるのが、娼婦の手管なのか。(これをやろうとしてみると、意外に難しい。)それなら、当時も美人の基準だった真珠のように輝く歯は、いつ見せればいいのだろう?謎は深まるばかりである。

ついでにもう一つ。簡潔で味わい深い母娘の会話。

「絶対におくびをしちゃだめよ」「したらどうなるの?」「破滅よ」

 こう書くと、同書を読んでいない方たちの中に、アレティーノの書物は、男性の期待に盲目的に追従する性奴隷の調教書だと誤解する人がいるかもしれないけれども、世の中というもの、特にルネサンスを代表する風刺作家は、そんなに単純じゃないことは少し常識を使えば分るだろう(笑)。 この書物は、こういう手管を憶えて男性をだまして蕩かせて弄んで、そうして金をむしりとりなさいという皮肉に満ちていることも言い添えておく。 

画像はティティアーノによるアレッティーノの肖像画。