必要があって、ウィリアム・ジェイムズの心理学書を読む。文献は、James, William, The Principles of Psychology, 2 vols. (New York: Dover Publications, 1950). これは1890年に二巻本で出版されたものと同じ形で再版されたものとのこと。
合計1300ページ以上もあって、心理学の広大な領域をカヴァーしてみっちり内容が詰まった書物だから、ジェイムズを研究していたり、あるいは心理学の歴史そのものを研究している人は別にして、医学史の研究者で通読した人はあまり多くないだろう。私も、ある問題について、当時の見解を明快に整理した見取り図が欲しい時に参照する、レファレンスのような使い方をしている。
今回は、第一巻の自己意識の部分、特に自己同一性の部分を読んだ。ジェイムズがこの教科書を書いたのは、「無意識の発見」の時代であり、催眠状態で別の人格が発現する現象がヨーロッパの医学・心理学・哲学・文化一般の注目を浴びていた時期である。ジェイムズも、こういった問題について、注意深い関心を保っており、かなりの分量を割いて、「自我の変容」の表題のもとに、狂気における妄想、人格の転換、そして霊媒と憑依の三つにわけて、丁寧な記述をしている。
人格が多重になり、個人が同一性を超えて増殖していく一方で、そこに奇妙な類似があることにも、多くの論者たちは気づいていた。ジェイムズは、霊媒現象の憑依者が類型化していることを指摘する。アメリカだと、インディアンのお決まりの語彙を多用する、おしゃべり型の憑依者か、それよりも知的野心をもったときには、発展とか調和の麗しい言葉がちりばめられた楽観的な哲学もどきという二つのパターンが圧倒的に多い。それは、トランス状態のもとで発せられた言葉の半分は、一人の脚本家が書いていると思わせるほどである。これは、意識下の自我は、ある時代の時代精神のある層に、特に感じやすく反応しやすくなっていて、そこから霊感を得た結果、このように画一的・類型的な反応があらわれるのか、私にはわからないとジェイムズは言っている。