『素晴らしき新世界』

Kass, Leon, “Preventing a Brave New World”, The New Republic, 21 June 2001.

ヒトのクローンに反対する生命倫理の古典的な論説であるが、それにオルダス・ハクスリー『素晴らしき新世界』についての捉え方が書いてあったのでメモ。このテキストはウェブ上で読むことができる。

『素晴らしき新世界』は1932年に出版された科学技術が進歩した先に広がる「暗い」未来を描いたディストピア小説である。それは、全体主義に対応するような邪悪な何かが作り上げるディストピアというより、人道主義と個人の幸福を願う態度が実現するディストピアであるだけに、現在の世界においていっそう現実味を帯びてくる。アメリカから見た20世紀というのは、ナチスや日本やソ連共産党という全体主義に対して、民主主義が闘って勝利した時期であって、そのように現在を捉える限りにおいては、オーウェル『1984年』のようなモデル、すなわち世界を支配する組織が科学技術と知識を独占して人々を洗脳して作り上げるディストピアを設定するのが説得力がある方法であった。しかし、冷戦がソ連と東側諸国の崩壊で終わった現在では、むしろアメリカと西側社会が選んだ道筋は、それはそれで別のディストピアにいたるという議論は説得力がある。最先端の科学知識は広く共有され、その中での自己決定の選択によって優生が選ばれることこそが、ディストピアではないかという問いかけである。ハクスリーが新たに読まれている一つの理由は、このあたりにあるのだろう。