日本の精神医学者の評伝集

秋元波留夫『迷彩の道標―評伝 日本の精神医療―』(東京:NOVA出版、1985

 

秋元波留夫の『迷彩の道標』は、呉秀三、松原三郎、内村祐之、門脇真枝、森田正馬、石田昇、林道倫の合計7人の精神医学者についての評伝を集めたものである。この7人の精神医学者たちは、教師や先輩として秋元が学者として知っていた人物であるため、その精神医学上の業績が精密に論じられている。特に、私のような人文社会系の医学史研究者が、ついつい読み飛ばしがちな主題である精神病と脳の病理学的な研究の業績について詳細な説明をしていることが非常にありがたい。また、秋元が交際を通じて知った個人としての人となりの描写も効果的に織り込まれている。さらに、遺族・友人・弟子筋の人物たちに事情を聞き資料をもらうなどの調査も随所に活用されている。精神医学者たちが持っている情報のネットワークが十分に活用されている評伝になっている。私自身は精神医学者の評伝を書くようなタイプの研究をしていないし、秋元の歴史的な理解の枠組みというものがあるとしたらそれに共感を憶えはしないが、この評伝を読んで、このような作品をいつか書いてみたいという思いを持ったし、数多くの研究上のヒントももらった。古書でも安価に買うことができる。もっと早く買っておけばよかった。