Hess, V. and J. A. Mendelsohn (2010). "Case and Series. Medical Knowledge and Paper Technology, 1600–1900." History of Science 48(3-4): 287-314.
患者の症例誌が話題になっている。最近では、佐賀医学史研究会が発表・報道した広島・長崎の被爆者75名のカルテがニュースになっている。カルテや症例誌をどう分析するか、そこに何を見出すかいう主題は、過去30年ほどの欧米の医学史研究、特に医療の社会史の領域で最も重点的に検討されたものであり、重要な研究の蓄積がある。その中の一つで、症例誌を「外から」見た時の長期的な視点と、どのような社会的脈絡で症例誌が発生したのかについて、非常に重要な視点を導入している。
一冊の症例誌といっても複雑な構成を持ち、患者が何を言い、どのように、どこに記録されたのか、医者は自分が見たことをどこにどのように書き、どの部分は自分や仮想された他の医者に向けて書かれたのかということが分析されてきた。有名な医学史の研究者でいうと、ドゥーデンがこの種の分析に手を付け、それがさまざまな医学史の研究者によって発展した。これを記録の内側の構成の考察に基づいた分析と呼ぶことができる。一方、その症例誌がいったいどこで作られ、どのような機能を持っていたのかという、いわば症例誌の外側の状況について、300年間をまとめた非常に優れたものである。症例誌の記録が、周囲の文化・社会・行政の状況に応じて行われたことがよく分かる。ヒューマニストの文化と印刷が、知識と情報を検索し操作できる体系にはめ込もうとしていた側面と、病院の病棟や、行政の記録の中で、症例誌がどのように作られ記録されたのかを議論した鳥瞰的な論文である。