ヘレボラスと悪魔憑き

 「老い」と「エロティカ」の二つの時期限定の仕事が一段落しました。時々、こういう小さな仕事を通じて、新しいテーマを勉強してみることにしています。

 16世紀イタリアの非正統医師についての研究を読む。文献はEamon, William, “‘With the Rules of Life and an Enema’: Leonardo Fioravanti’s Medical Primitivism”, J.V. Field and Frank A.J.L. James eds., Renaissance and Revolution: Humanities, Scholars, Craftsman and Natural Philosophers in Early Modern Europe (Cambridge: Cambridge University Press, 1993), 29-44.

 16世紀のヨーロッパの医学における過激な批判者としてはパラケルススが名高い。この論文の主人公であるボローニャ生まれのレオナルド・フィオラヴァンティ(Leonardo Fioravanti, 1518-1588, 以下F)の名前を聞くのは初めてだが、何という面白い医者なのだろう。生まれ故郷のボローニャを離れて、地中海沿岸一帯を放浪しながら遠隔の土地の自然を観察し、地方の非正統の医療者たちから治療法を学ぶことが彼の医学修行であった。このような非正統の修行で得られる理論に毒されない単純な経験こそが、Fにとっての医術の本来あるべき姿であった。自然そのものを直接経験し、医学のアカデミズムとはほど遠い治療者たちが用いている療法を学ぶことで、「原始黄金時代の医学」に戻ることができるとFは考えた。人々が文明に毒されていなかった遠い昔の医学、理論と注釈で堕落させられる前の医学こそが、真の医学であるという彼の思想は、正統医学の現状に対する過激な批判であり、そして他の多くの黄金時代の神話と同じ革命的な魅力を持っていた。Fが行く先々で優れた治療者としてカリスマ的な人気が出たと同時に、街の有力な正統医師たちはFを街から追い出す工作をしたのは当然の成り行きであった。彼はローマとヴェニスからは追放され、ミラノでは投獄までされる。パラケルススユルスナールの『黒の過程』の主人公のように、不遇と流浪の人生を送ったFだが、最終的にはスペインのフェリペ二世の庇護を得てスペインの宮廷で医療と研究を続けることができた。タバコなどの新大陸の植物の薬物的な効能などを実験していたという。

 この論文で最も面白い部分はFの治療法を吟味した部分である。Fの病理学と治療法は型破りなものであり、特に激烈な下剤と吐しゃ剤に特徴があった。当時の正統医師たちは、総じてマイルドな薬と養生法の処方を得意としていたのは対照的である。なぜFが、そして当時の民衆医学が激しい下剤を好んだのかという疑問に対して、著者はいくつかの面白いスペキュレーションをしている。一つは人間と社会の堕落に対して、これを根こそぎ根絶しようという雰囲気が当時の社会に漲っていたことである。ボディ・ポリティックを激烈な手段で「浄める」ことが宗教家や革命家たちによって唱えられていたとき、Fは人体の中の腐敗を強力な下剤によってパージしようとしていたという。もう一つは悪魔憑き・悪魔祓いの流行である。人間の中に深く食い込んだ悪魔を攻め立ててこれを人間から「祓う」ことが、人間の異常状態を治す一つのパラダイムになっていた。Fの下剤は、象徴的な次元においては、悪魔祓いとパラレルな関係を保っていたのである。悪魔祓いと下剤が比喩的な次元で重なっていることを象徴するかのように、悪魔憑きはまずヘレボラスを飲まされて激しい下痢を起こさせられたという。

 庭のヘレボラスの写真が意外に皆さんの話題になっています。園芸に詳しい方、「クリスマスローズ」という俗名と、「ヘレボラス・ニゲル」「ヘレボラス・オリエンタリス」という学名の関係を教えてくださいますか。写真のヘレボラスは、ニゲルだと思って買ったのですが、それなら、なぜ今咲いているのだろう・・・・ちょっと調べたら不安になってきました(笑)。あ、それから、クリスマスローズの根のご使用はくれぐれも避けてください。本気で危険だと思います。