『匂える園』


 必要があって15世紀のアラビア語の性の手引き書を読む。文献は Muhammad ibn Muhammad al-Nafzawi, The Perfumed Garden, trans. By Sir Richard Burton (Rochester: Park Street Press, 1992).

15世紀の前半にチュニジアで書かれた有名な性のマニュアル。このテキストは『アラビアンナイト』の翻訳で名高いリチャード・バートンが1886年に<訳した>もののリプリントである。性的にエクスプリシットなエロティックな場面を描いた美麗な細密画が添えられている。官能的で匂いたつような文章で性の悦びを男女で分かち合うためのテクニックが描かれている。例えば次の部分はどうだろう?

「女性とは、手でこすられたときに初めて香りを放つ果物のようなものです。例えばバジルを例にとってみましょう。指で暖めないと香りを放たないでしょう?琥珀は暖められて指で触れられないと、内に封じ込めたかぐわしい香気を立ち上らせないのはご存知でしょう?同じことが女性についても言えるのです。」 

・・・それまで、なんて優美にエロティックなんだろう、「ラジオナメンティ」に較べてなんて明るい世界なんだろう・・・と凡庸に感心しながら読んでいた私も、ここを読んだときにはさすがにはっとした。このテキストはあまりに「できすぎて」いるのである。産業革命以降のヨーロッパと対照的な、官能の快楽を追求してそれを極度に洗練させたアラビアの宮廷社会の像がそのまま結晶したような台詞である。ハイ・オリエンタリズムと言えばいいのだろうか。

 調べてみたら、やはりバートンの「訳」は、到底「翻訳」とはいえない代物だそうだ。細部を膨らませて誇張し、他のテキストからエピソードを挿入し、ひどい場合にはある節全体が、アラビア語ですらないテキストから取ってきたものだという。また、オリジナルの文体とは全く違った華麗な文体で書かれているという。オリジナルに忠実な訳で1999年にコロンビア大学出版局から出ているそうだ。「時として非常に淫らだが、細部を描写しないし、興奮させようともしていない。時として多少楽しめるが、既婚の普通の男性のための手引書以外の何者でもない」と広告されている本を、専門家か学者以外の誰が127ドル(!)払って買うかどうか、大いに疑問だけれども(笑)

画像は同書より。