カフカ「流刑地にて」

カフカの「流刑地にて」を久しぶりに読み返した。有名な作品だから内容は知っていると思うけれども、メモしておく。

ある流刑地で刑の執行にたずさわる「士官」と、そこを訪れた「調査旅行者」との間の会話で小説は進行する。そこでは刑の執行はある特殊な機械によって行われる。その機械は三つの主たる部分に分かれ、下部には「寝台」と呼ばれている台があってその上に被告・囚人が横たわる。上部には「図面屋」という複雑な機械があって、そこに判決をあらわす図面を読みこませる。その図面に従って、「馬鍬」という機械が上から下りてきて、寝台の上の囚人の身体に判決を刻み込む。馬鍬の長い針はつきさし、短い針は、水を吹き出して血を洗い流し、文字を明瞭に保つ。

判決を定めるに際して、裁判はない。被告は自己弁護する機会を与えられない。それどころか、自分が受けた判決を言い渡されることもない。ただ、機械によって身体に刻まれる判決を、執行が進むにしたがって、知ることになるのである。執行にはちょうど12時間かかる。長い苦痛のあと、きっかり12時間後に、馬鍬は被告の身体の奥深くまでその判決を刻みこみ、それとともに被告は絶命する。

士官が最も興味を持つのは機械の具合である。「図面屋」の歯車の具合、寝台にしばりつける革ひも、叫びをおさえるためのフェルト棒の具合、寝台の清潔さ。しかし、植民地の先の司令官が完成させたこの処罰のシステムは、現在の新しい司令官のお気に召さず、廃絶の危機に瀕している。かつては、刑の執行は正義が見せられる華々しい出来事であった。人々はこれを見るために集まり、針の動きがよく見えるように馬鍬はガラスで作られねばならないほどであった。しかし、新司令官にとっては、この刑の執行は旧い野蛮な仕組みであった。調査官を呼び寄せたのも、否定的な意見を徴するためであった。

刑が執行されるべき囚人と、その世話をする兵士という脇役が登場するが、以前読んだ時よりも、これらの脇役が、ずっと心に残った。士官が正義の機械への賞賛を謳いあげるまさにかたわらで、ことごとくその理想を裏切るようにふるまうのだ。

今回の小さな発見。読めばきちんと書いてあるのだけれども、「流刑地」という言葉にひきずられて、私は、これがずっとロシアなどの寒い地方に設定されていると思いこんでいた。しかし、実際にはこれは熱帯の植民地という設定であった。カフカの日記から断片が訳されているが、そこでは、ミアズマがたちこめる土地だとまで書いてある。