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反ワクチン運動と1970年代から80年代のアメリカの女性運動

Conis, Elena, A Mother's Responsibility: Women, Medicine, and the Rise of Contemporary Vaccine Skepticism in the United States, Bulletin of the History of Medicine87.3 (Fall 2013): 407-35.

 

子供にワクチンを接種するか否かという問いは、日本も含めて現在の世界各地で大きな問題になっていて、この問題についての歴史研究を読みたいと思っていたところなので、とても役にたった。この論文は、1970年代から80年代のアメリカに焦点を当てて、特にフェミニズムと女性の運動の両者との関連で、ワクチン接種に反対する、あるいは警戒する立場の形成の複雑性を少なくとも部分的に明らかにした必読の論文である。

 

1982年にアメリカの放送局のNBCが製作した DPT:Vaccine Roulette という番組は、百日咳のワクチンの被害を訴えるものであった。子供に重度の被害が出た親たちも出演して製作された。Diphtheria, Pertussis, and Tetanus というワクチンの対象となった疾病の名前と、Dissatisfied Parents Together をかけている言葉らしい。この番組は反ワクチン運動の契機となり、1986年にはワクチンで被害を受けた子供の家庭に対する援助の法律もできた。この運動に先立つ一世代においては、アメリカ政府は、子供にワクチンを接種することを母親の義務とする立場に基づいて、1940-50年代のポリオなど、さまざまな接種を推進していた。中産階級の女性たちは、ポリオの接種に子供を連れて行っただけでなく、その接種の実施に自発的に参加していた。子供に接種しない母親は非難の対象となった。性別に応じて市民としての責任が構造化される、Gendered civic responsibility として推進されたのである。この時期において、社会的な自立と自己決定を志向する女性たちは、微妙な選択を迫られていた。カーター大統領の夫人であるロザリン・カーターは、母親としての役割を強調する集会に出演するのを断っていたことは、ジェンダーの問題と社会における責任をどう調整するかという問題が潜在的に対立しながら現れていたことを示唆している。

 

一方、1970年代は第二派のフェミニズムの時代でもあった。女性は、自らが受ける医療についての決定権を主として男性の医師から取戻し、医療と健康に関する自己決定をとなえていた。インフォームド・コンセントフェミニズムは大きな影響を与えた。1971年に刊行された Our Bodies, Ourselves はその始まりであるし、1970年代に女性たちが、医師に言われるがままに、乱用に近い形で使っていた精神安定剤が廃止されたのも、女性運動と深い関係があった。その一方で、自然尊重系のエコロジカルな運動も、ワクチンを警戒する運動に大きな影響を与えた。ほかの主流派の女性雑誌が、自分の子供にワクチン接種するべきだという政府の議論を繰り返していた時期に、Mothering という自然派系の女性誌は、ワクチンの危険を訴えて、子供に被害が出た母親の投書を掲載していた。母親たちは、子供に出た被害と、男性の医師たちの「心配するな」という「政府と(男性の)医者がいうことを受動的に従っていればよい」という対応を批判した。これは、「インフォームド・メディカル・コンシューマリズム」といえる態度の形成であった。

 

出生率の減少・一世帯の子供の数の減少も重要な背景であった。それ以上に面白いのは、政府によるワクチン接種への反対が、リバタリアンな態度と連携した点である。レーガンの「小さな政府」の考えは、行政が行うワクチン接種を縮小させる方向に発展させた。ワクチン接種は、カーター政権時のような大規模な政策、あるいは「偉大な社会」の理念が説くような政策として、市民の義務ではなく、個人の選択に基づくべきだという考えである。冷戦下の共産主義社会における義務として強制されるワクチン接種との対比という主題も、ワクチン反対運動に大きな影響を与えた。

 

ワクチン接種をめぐる論争は、現代社会が経験してきた複雑な構造に依拠している。ワクチンは安全なのかという技術的な問題、そのワクチンはどこまで必要なのかという問題(特に、接種の時に、どれだけDPT や MMRのように同時に実施するかという問題もからんでくる)、個人の義務は何かという問題、母親の義務は何かというジェンダーの問題、政府の活動の範囲はどこまでなのかという政策の問題、国際的な政治の構図においてどの立場に立つかという国際政治の問題など、現代社会における重要な論争の主題がそろっていることを実感した論文だった。大学院でのアサインメントとして最適だと思う。