日本語の語源辞典ー頭は「天玉」?

草川昇. 語源辞典 名詞編. 東京堂出版, 2000.

医学史における日本語とドイツ語の混合について論文を一本書いてみようと思っている。王子脳病院のモノグラフの後に仕上げる予定になっている。自分が何も知らないことを一から勉強するのは独特の楽しさがある。8月にはその混合が記されている症例誌を見に行きます。

その一環で、日本語の語源辞典の名詞編を買って眺めてみました。すごく面白い。身体部位に関して頭、首、胸、背中、腹など、日本語が非常に多く使われている。あるいは、怪我、病(やまい)なども、日本語が定着している。それらに関して、他の日本語との連接に触れながら説明する辞典である。個々の項目が楽しくて、頭は「アタマ」(天玉)の義だと唱えている説があるとか、あるいは胸と棟は関係があって人体と建築が結びつけられているというように複数の項目も楽しい。

一つ「胼胝」(たこ)の説明。手足などの絶えずすれる部分の皮が、堅くなって少し盛り上がったもの。『和名抄』には、馬の背にできる鞍ずれや荷ずれであると考えた。『日葡辞書』には 「Taco. タコになった。「胼ができてしまった。すなわち、悪いこともそのように感じないとか、悪いことに慣れっこになってしまったの意」と説明されている。『大言海』の「カタコ(堅凝)の略」とするのがいいとのこと。タコが持つ複数の感じがよく説明されている。これは絶対にデータベースを作ろう(笑)

中国の夢理論を英語でどう書くのか

Chen, Shiyuan b ca and Richard E. Strassberg. Wandering Spirits: Chen Shiyuan's Encyclopedia of Dreams.  University of California Press, 2008. A Philip E. Lilienthal Book.
 
新しい領域に入ると、その領域の英語が上達しなければならない。いま夢に関する議論を作っていて、そこでは日本の夢、中国の夢に関する、さまざまな語をマスターしておかなければならない。中国の夢に関する優れた英語の議論を憶えるといい。以下はChen Shiyuan 陳士元の著作である Loft Principles of Dream Interpretation 夢占逸旨 (Mengzhan yizhi) の英語によるイントロを書き写したものである。
 
The more sophisticated medicine practiced by physicians during the Warring States period also acknowledged the possibility of the invasion of evil energy 邪気 xieqi.  It defined the body as a holistic, microcosmic system in correlation with the universal activity of yin and yang and the five agents.  Normally, yin and yang types of vital energy 精気 (jingqi) harmoniously circulated along networks of vessels 脈 (mo) and meridians 経 (jing) administered by the five zang-organs 五臓 (wuzang) and the six fu-organs 六腑 (liufu), the latter two groups generally corresponding to the vital organs.  The consequences of the disruption of the regular rhythms of the patient's vital energy were diagnosed through examination of the pulse along with other symptoms, including dreams.  The Yellow Emperor's Inner Canon of Medicine 黄帝内経 (Huangdi meijing) advised that "dreams can also help us diagnose a person's illness.  If one dreams of fearfully crossing large body of ware, this indicates an excess of yin.  If one dreams of flames or fire, this indicates an excess of yang.  
 
これを英語で読むのに、たとえば 英語、日本語、中国語で読むべきなのだろうか。vital energy, sei-ki, or jingqi、five organs, gozo or wuzangというように読むことである。それが私にとっては素直な読み方である。五臓を wuzang と読むことはなく、gozoと読み、その後に、中国語でいうとwuzang という形で頭が働く。しかし、 英語、中国語、日本語も自然である。five organs, wuzang, gozo である。ところが、gozo が出てくるのがこの文章では wuzang より遅い。だから、やはり、日本の伝統にかなって、返り点をうつのがよい(笑) five organs 五臓 ✔ wuzang である。こうすると、まず five organs, そして一句をとばして wuzang を読み、そのあとで 五臓を読めばいい(爆)

マシンと学ぶくずし字の実験授業!

私の同僚で江戸時代の国文学を研究しておられる津田真弓先生。機械(マシン)と

を通じて江戸時代のくずし字を学ぶ実験授業をされます。慶應の文書コレクションの中にAIを導入する方向の試みです。9月と10月の2回の土曜日に実験授業が行われます。30名で無料。ぜひお出でくださいませ!

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マシンと学ぶくずし字講座です!

どうでもいいことを書いておきます。実は私の狭い専門領域の一つに「麻疹」(ましん)があります。これがある社会に常在する感染症になるためには、どれだけの人口が必要かという古典的な問いがあります。その鍵は江戸時代の日本が握っていることは確かですが、くずし字が読めないため、この研究ができないのです(涙)この問題というか、問題が解けないことは、しばらく前に書いた論文に書いておきました。もし、麻疹の問題がマシンを使って解けるのならば、私の心の中でなにかが変わります。

 

“Measles and the Transformation of the Spatio-Temporal Structure of Modern Japan”, Economic History Review, 62(2009), 828-856.

 

エボラ流行と患者と話すことができる隔離

www.bbc.com

アフリカのエボラ流行が大きなニュース。BBCの記事を読んで、内乱の戦地であることも分かった。感染症と戦争が重なると、複雑で、難しさが非常に高い状況になる。実際、コンゴルワンダの境界にあるゴマという街の住人達は、エボラと内乱の双方に重なっていた。

エボラに関して状態はもちろん悪化している部分もあるが、その記事が強調していた明るい側面もある。まずいったん罹患すると免疫ができるということ。それから、死ぬ可能性が高い患者は隔離されるのだが、それは、プラスティックの透明カーテンの向こうで、患者の姿を見ることもできるし、患者が家族や友人と話すことができるようになっていること。4年前は完全な隔離であったとのこと。

藤原新也『東京漂流』より「リカちゃん納経」

私の愛読書の一つである藤原新也『東京漂流』。文庫本の冒頭は「リカちゃん納経」という作品である。おそらく、宮崎勤の殺人事件で開始した平成元年に、銀座の博品館の「リカちゃんコーナー」に行って、宮崎の世界とリカちゃんの世界を対置する構図である。そこに、当時のインドの死、あるいは世界各地の死体の現実が挟み込まれ、インドから宮崎勤事件とリカちゃんの双方を見るという非常に独創的な形になっている。

インドやメキシコと較べれば、日本の死体はもっともよく管理され、敏速な儀式のうちにこの世から消し去ってしまう。それは、リカちゃんファミリーには死というものが存在せず、反世界は完璧に追放されているのと同じである。

「死のみならず反世界は誰の目にもふれぬよう隠蔽され管理されている」

そのような世界が平成の初めであり、そこから30年経って、日本は変化してきている。

日記と自伝と症例の史料について

Burnett, John. Useful Toil: Autobiographies of Working People from the 1820s to the 1920s. Penguin Books, 1977. Pelican Books.

20世紀の末は、思想史の考え方と民衆史・社会史の考え方が、いずれも大きな波を作っていた時期であった。後者の流れを作っていた一つの主流が、この書物である。これを用いたメモ。まだ雑です。

20世紀の後半の医学史における患者の歴史への転換や重心の移動を考えたときに、日記や自伝が大きな史料として考えられていた。ことに、患者の側の歴史を考えたときに、患者が経験した医療が記録されている日記や自伝が非常に重要になる。

医療だけでなく一般の文化の視点では、イギリスではバーネットの Useful Toils (1977) が記念碑的な著作である。Useful toils は、19世紀から20世紀にかけての、労働者、家庭での使用人、熟練した労働者などに関して、彼らの日記や自伝を30点ほど集めた資料集であり、当時のイギリスが近代社会を急速に形成していく大きな社会の変化が、労働者の個人の人生に影響を与えるありさまが伝えられている。貴重な資料集であることは現在でも疑いない。

しかし、バーネット自身が、このような日記や自伝は当時の社会からランダムに選ばれたサンプルではなく、強いメッセージを込められたものであることを指摘している。日記を公開することや、自伝を公表・出版することである。そこには、何らかの動機を持ち、それに基づいたメッセージが込められていることが非常に多い。自らの成功の記録であり、なぜ困難が発したのか、それをどのように克服したかなどが、読み手に伝えられる。私たち医学史の研究者たちも、面白い史料、医学的、政治的、社会的に雄弁な史料を用いて、精神医療のある側面を鮮明に伝える事例を選ぶ。