ティモシー・ヤング先生の Medicated Empire (2021) の書評を発表しました。

British Journal of Psychiatry に、ティモシー・ヤング先生が書かれた書物 A Medicated Empire: The Pharmaceutical Industry and Modern JapanMedicated Empire (2021)の書評を発表しました。日本が植民地であった台湾、朝鮮、中国などでアヘンを栽培したメカニズムを分析する非常に優れた著作です。ぜひオリジナルをお読みください!

 

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Book review of Timothy Yang, Medicated Empire (2021)

I have just published in the British Journal of Psychiatry a book review of Timothy Yang, A Medicated Empire: The Pharmaceutical Industry and Modern JapanMedicated Empire (2021. Yang’s book is an excellent historical book based on solid research into the imperial aspects of the Japanese drug industry. Particular attention is paid to the production of opium in colonies of Taiwan, Korea and China. Please read the original book! 

 

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永井荷風『濹東綺譚』と玉ノ井の酌婦の精神病

昨日、廣川先生から梅毒に関する非常に優れた論文をいただきました。私は王子脳病院で患者の記録を観ていますが、梅毒による麻痺性痴呆が進行すると、当時は有効であったマラリア接種をしても、まったく効果がないことを実感します。永井荷風『濹東綺譚』と患者記録を一緒に読んでみた記事です。お読みください。

 


           
         
       

『墨東奇譚』と玉ノ井の酌婦の精神病

F0002 28才、玉ノ井の酌婦、1944.02.14-04.13, 麻痺性痴呆、未知退院

永井荷風の『濹東綺譚』を悪く言う人に出会ったことがない。昭和12年に発表された作品で、近代化と軍国主義へ進む東京の隅田川の向う岸を舞台にして、初老の物書きが玉ノ井の酌婦に出会い、淡雪のような恋愛遊戯が消えていくありさまを風情豊かに描いた傑作である。私自身も好きな作品の一つである。たまたま、戦前東京の精神病院である王子脳病院・小峰病院の患者で、玉ノ井の酌婦で梅毒由来の精神病となり、脳病院に2か月ほど在院したものがいたので、『濹東綺譚』を読み直してみた。これが、予想に反して、暗澹とした気分になった読書であり、その患者がそのまま『濹東綺譚』から出てきたような印象を持った。荷風がもちろん知り尽くしてはいただろうが、この作品では直接描いてはいない梅毒の陰惨な現実をまざまざと見せつけるような診療録である。

 

F0002は向島区寺島町の接客業であり、「玉ノ井の酌婦」と余白に説明のために書いてある。

父没母健在、同胞は三人で第二子。出生地・本籍地は記入なし。現住所は玉ノ井寺島町〇丁目〇番地で、荷風が『濹東綺譚』を設定した場所とほぼ同じである。彼女を病院に連れてきたのは「主人」とあるから、店の主人だろう。彼女の病気は半年前から始まっており、最初のエピソードは昭和18(1943)年の8月末に痙攣が起きて数日間意識不明になったものであり、10月末、12月末にも同様の発作があった。昭和19(1944)年の2月14日から同様の発作が襲来し、もうろう状態のまま彼女は病院に運ばれた。費用は自費であった。検査の結果、ワッセルマン反応もノンネ=アペルト反応も強陽性で、梅毒性の進行麻痺であると診断された。

 

進行麻痺にはルーティンの治療法が存在し、それがマラリア接種による発熱療法であった。入院して8日目にマラリア原虫が静脈に接種され、2月26日から40度台の発熱が始まり、これが進行麻痺を治療すると期待された。しかし、F0002に対しては、発熱するばかりで何の効果もなかった。入院時に彼女は非常に重篤な症状であった。顔貌は呆乎・鈍磨の状態であり、歯ぎしりをして、「うーん」と呻るばかりであり、裸体となって放尿し、拒診・拒薬であった。食事が自分でなんとかできる以外には、横臥しているばかりであり、便所に行くことすらできず、しばしば寝床で放便・放尿してそれを手でいじっていた。言葉も「うう」とか「え、え」というような単音節語ばかり、交話らしいことは一切できなかった。面会は二回。まずは2月23日に「主人」が面会に来て、そこでも「カヘリタイ、カヘリタイ」と言うだけで、あとは「ウ、ウ、」と言うだけであった。4月12日に「家人面会あり」というから、これは主人ではなくて家族の一人だろうが、やはり交話することはなく「ウン、ウン」と言うだけであった。その翌日に患者は退院している。想像力を働かせると、F0002は地方出身の酌婦で、玉ノ井の仕事にはつきものの梅毒が神経を侵し、半年ほど発作を押して仕事をしていたが、とうとう激しく侵された状態で入院したこと、2か月の入院のあと、生家か親戚かを呼んで引き取らせたということになるだろう。玉ノ井の酌婦が、重度の梅毒性精神病にかかり、東京の精神病院の比較的短期の入院を経て、貧困にあえぐ農村に廃人となって送り返されるプロセスの一部を描き出していると考えていいだろう。退院の日の看護日誌は「4月13日 何もわからず、身支度などしていただき、何も申さず本日十時退院」と記している。

 

『濹東綺譚』のお雪は、もちろん主人公が淡雪を解かすように関係から去っていくのだが、お雪のほうでも病気になって入院して物語から去る。そのありさまを荷風はこのように記している。「お雪の病んで入院していることを知ったのはその夜である。雇い婆から窓口で聞いただけなので病の何であるかも知る由がなかった」

 

廣川先生から梅毒のすぐれた論文をいただきました!

廣川和花先生から「明治後期~大正期日本の梅毒罹患と地域社会と地域社会ー栃木県塩谷郡喜連川病院の事例から」という論文をいただきました。国立歴史民俗博物館 研究報告 第235集に掲載されています。喜連川病院の過去の医療記録を見せていただき、そこから社会史の方法で、売買春が定着していた地域の梅毒の様子を分析した論文です。医療史を新しい方向に牽引する、非常にすぐれたお仕事です。ぜひお読みください!

 

しばらく前のものですが、性差(ジェンダー)の日本史のプレスリリースはこちらです。

 

www.rekihaku.ac.jp

 

PS

第一稿では温泉街での梅毒と書きましたが、廣川先生からのメールで、当時は温泉街ではなく、1981年に開発されたとのこと。訂正いたします。

 

 

多面体と斜方立方八面体とルネサンスの芸術

昨日のPublic Domain Review は多面体 (polyhedra) が芸術に取り込まれていった過程を描いたとても面白い記事で、思わず読んでしまいました。プラトン、アルキメーデス、ヴァザーリ、そしてエウクレイデス(ユークリッド)という著名な人々に、デューラーメランコリア I はのぞいて、私があまり知らない芸術家たちが描いた素晴らしい多面体の図像がならぶ、とても読み応えがある面白いものです。少し前の話ですが、17世紀に現れた、数学的医学と物理学的医学の問題を考える一つのヒントになるのかもしれないと思い出しました。どうぞお読みください。

 

publicdomainreview.org

 

keisobiblio.com

 

ジョヴァンニ・ボレリの『動物の運動について』(1680-81) より

 

10月11日にケンブリッジ大学とのオンラインワークショップで赤川学先生と英語で講演をいたします!

2022年10月11日に、東大社会学赤川学先生とケンブリッジ大学でオンラインの講演をいたします。時間は日本時間では午後の5時からになります。タイトルなどは以下の通りです。ぜひいらしてくだいませ! 

 

Manabu Akagawa (The University of Tokyo)
The Great Kanto Earthquake and the Daily Records (1923) Kept by Professor Siota's Surgeons at the Imperial University of Tokyo

 

Akihito Suzuki (The University of Tokyo)
Doctors, Patients and the Two Languages: Case Histories in Japanese with German in the Earlier Half of the Twentieth Century

 

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