ショーペンハウアーの免疫学?

 メチニコフが食細胞理論と進化論とを融合させた重要な論文を読む。 Metchnikoff, Elie, “The Struggle for Existence between Parts of the Animal Organism”, in The Evolutionary Biology Papers of Elie Metchnikoff (Dordrecht: Kluwer Academic Press, 2000), 207-216.

 個体発生においておたまじゃくしがカエルになるとき、かつての尻尾やひれなどは食細胞に食われてしまうとメチニコフは言う。このような例はたくさん挙げられる。変態(metamorphosis)は大体そうだし、ちょっと話をひねるとモグラの目が退化するのもそうであるという。個体発生の過程で、同一の個体の異なる組織の間での生存競争が起きていることこそが、病気(ここでは腸チフスの例が引用されている)で白血球が外敵と戦うことの原型になっている。

 正直、なんてペシミスティックな生命モデルだと思う。生命とは、一つの個体の中で自らが成長するためには他を叩き潰そうという意思を持っているかのような異要素の戦いであり、生命の保全と見えるものは、その戦いの副作用にすぎないとは。昨日取り上げたタオバーも指摘するようにここには明らかにショーペンハウアーニーチェの思想が共鳴している。両者の影響があると言っていいかもしれない。実際、この論文ではラマルク流の進化論を紹介するときにショーエペンハウアーが言及されているのだから。酒の上の話なら、いかにもロシア的だとか言う奴も現れるだろう。少なくとも国民国家の大事業と、そこに外国から侵入する伝染病を撃退することに夢中になっていた明治日本の医学者たちに受けそうなモデルではない。 彼らは既成の自己/生命モデルで仕事をしていればよかった。