アルフォンス・ドーデと痛み

 この傑作を知らずに医学史研究者を名乗ってきたことを恥じるようなテキストをしばらく前に読んだ。先日、人と話しているときにこの本の話が出たので、紹介する。文献はDaudet, Alphonse, In the Land of Pain, edited and translated by Julian Barnes (London: Jonathan Cape, 2002).

 「最後の授業」とか「スガンさんの山羊」で有名なフランスの作家ドーデの晩年は、梅毒の末期症状との闘いであった。下肢は麻痺し、手は震え、全身を激痛が襲う。診断したシャルコーは、例のごとくぶっきらぼうに「骨髄が犯されていて不治」と宣言する。パリで、あるいは湯治町のラマルー(Lamalou)でドーデは治療を受ける。痛みを和らげるために飲んだり注射したりした鎮痛剤-モルヒネ、臭化カリ、クローラルなど-は全て常習的となり、複数の鎮痛剤の激しい禁断症状に夜通し悩まされる。病気の増悪と薬物の禁断症状が続く10年ほどの間に、ドーデが断片的に書き綴ったノートやスケッチなどを、ドーデの未亡人が1930年に出版したのが La Doulou (douleur のプロヴァンス方言だそうだ)というテキスト。それをイギリスの人気小説家のジュリアン・バーンズが編集して英訳して丁寧な註をつけたのが本書である。鎮痛剤の注射でわずかに確保した激痛の合間に、時間を盗むようにして書きとめられた断片は、痛みと病気についての美しく繊細で深い警句になっている。

 一節を抜粋して、少し自由に訳します。

「貧血でうつろになった私の惨めな骸(むくろ)に痛みがこだまする。まるで声が家具もカーテンもない家にこだまするかのように。」