ヴァシリィ・グロスマンの「犬」

 出張の飛行機の中でロシア人作家の短編の英訳を読む。 Vasily Grossman の “The Dog”. Prospect という雑誌の2006年9月号に掲載されている。

 Prospect という、時事問題を中心に質が高い評論を載せているイギリスの総合誌を購読している。同じジャンルの雑誌の Spectator や New Statesman のほうがずっと有名で、時々誘惑されるけど、かれこれ10年近く結構愉しんで購読している。楽しみにしているのが、Short Story というセクションで、毎号違った作家に短編をコミッションするという企画である。私でも名前を知っている有名作家のこともあるし、有望な新人のこともある。私の記憶では、翻訳でしかも故人の作品が、このセクションで掲載されたのは初めてである。

 ヴァシリー・グロスマン(1905-64)は、私は初めて聞く名前だが、20世紀のロシアが経験した悲惨な事件を叙事詩的な規模で描いた名作で有名な作家だそうである。第二次大戦、ユダヤ人の虐殺、ウクライナの大飢饉などを素材に作品を書いているという。この The Dog という作品は、グロスマンが1960年代に書いた短編。大都市でたくましく生きていくことを学んだ野良犬が捕まえられて、宇宙飛行の動物実験のために、宇宙船に乗って打ち上げられて帰ってくる。ペトルーシュカと名づけられた彼女の宇宙船での様子は、地球からモニターされている。

翌朝、実験技師は言った。「犬はうなっていますよ、長いことね。」そして、静かに付け加えた。「孤独な犬が、宇宙の真ん中で一匹でうなっている - 不気味ですね。」

どうということはない話なのだが、情感がこもった確かな筆致に不思議に引き込まれて読んだ。

低人さんの真似をして、negative capability を気取っていうと、「そんだけです」。