人々が医学的な用語を使うことは何を意味したか

 16・17世紀のイギリスの牧師たちが、説教でどのような医学的な比喩を使っていたかを研究した論文を読む。文献はHarley, David, “Medical Metaphors in English Moral Theology, 1560-1660”, Journal of the History of Medicine and Allied Sciences, 48(1993), 396-435.

 キリストは魂の「医師」であり、異端は国家に蔓延する「壊疽」であり、その「毒」を体外に「瀉血」で出さなければならない。この類の医学的なメタファーを、初期近代のイギリスのカルヴィニズムの牧師たちの説教から拾ってきて整理したもの。こういった事実から大胆で面白い推論をしている。聖職者たちが、医学を知っていたこと、医療の経験もあったこと、そしてそれに基づいたメタファーが説教の聴き手たちに理解されると前提していたことを教えてくれるというのは、既に知られていたことで、特に目新しい解釈ではない。面白いのは、この時期に、聖職者たちが医学のメタファーを積極的に使い、しかも良い意味で使っていたことは、医学という営みが人々に受け入れられるようになった新しい事態の、徴候であり、原因であるというのだ。イギリスでは初期近代に、普通の人々(これが具体的に何を意味するのかはしばらく措くにして)が、病気になったときに医者にかかるようになった。この事実はさまざまな史実から考えて間違いない。この動きを、現実の医者ではないにせよ、少なくとも医学という「わざ」が、聖職者たちによってポジティヴに捉えられ、その近くが説教を通じて広まったというプロセスを考えている。

 この論文だけではなんとも言えないけれども、そうか、こういう、搦め手からの攻め方があったかと、ちょっと感心した。