遺伝子と人類の移動

必要があって、遺伝子研究と歴史・進化を組み合わせた議論をした書物を読む。文献は、ルイジ・ルカ・キャヴァリ=スフォルツァ『文化インフォマティックス』赤木昭夫訳(東京:産業図書、2001)

現在の人類が5万年から10万年前にアフリカで発生して、そこから世界の各地に移動したという道筋は、ナショナル・ジオグラフィックのおまけの地図などを通じて広く知られている。(というか、私はそのおまけを大事にとっておいてあります)そういう地図を作る背景になるテクニカルな発見やツールなどをわりと丁寧に解説したものが本書である。

それぞれの民族集団は、定着した場所の環境の影響により、遺伝的な操作を受けた。黒い皮膚は紫外線から皮膚を守ってがんを防ぎ、逆に、ヨーロッパでは太陽の光でビタミンDを合成するために広い皮膚が有利になった。体が小さいと、体積あたりの表面積が広くなって発汗蒸発に有利になるとか、その手の話。これが知的にスリリングだと思うかどうかというのは、それは個人の好みの問題だろう。中国の西端の新疆地区では、3800年前の遺跡から青い目金髪のミイラがたくさん見つかっていて、有名なローマ帝国の時代のシルクロードに先立つこと2000年近く前から人間の大規模な行き来があったというのは、ちょっと面白かった。

ずっと知りたいと思っていた「サラセミア」について少し詳しい話があって、喜んで読んだ。地中海貧血とも言われている病気で、ある遺伝子によって起きる。通常のN, サラセミアを起こす異常なT の二つの組み合わせで、NN, NT (ヘテロ)、TTの三種類の組み合わせがある。イタリアのフェラーラで行われた調査によると、NNは正常な新生児で81%くらい。NTは、18%で、サラセミアは発症しないが血液検査ですぐ分かる。TTは新生児の1%くらいで、これはサラセミアを発症して若死にするそうだ。Tの遺伝子は非常に不利だが、それが長い歴史の中で淘汰されなかった理由は、そう、もちろん、マラリアである(笑)。NTは、マラリアに対して抵抗力があるから、NTの組み合わせを持つ人間は生存の確率が高く、マラリアが強烈な圧力を与えると、T遺伝子を持つ人間の割合が上がるから、サラセミアも多くなる。マラリアが消えて長い時間がたつと、サラセミアも消えていくだろうとのこと。