進化医学

必要があって、一般向けに進化医学を論じた書物を読む。文献は、ランドルフ・M・ネシー、ジョージ・C・ウィリアムズ『病気はなぜ、あるのか―進化医学による新しい理解』長谷川眞理子長谷川寿一・青木千里訳(東京:新曜社、2001) 

進化論を医学に融合して、「なぜ」私たちは病気になるのかという問いに答えようとしている書物である。医学の神秘は、人間の身体のような非常にうまくできた構造が、なぜ、欠陥やもろさやほとんどの病気を生み出す一時しのぎのメカニズムをもっているのかということである。進化医学は、この神秘を一連の解答可能な疑問に変えてくれる。たとえば、なぜ、自然淘汰の原理は、私たちを病気にかかりやすくする遺伝子を排除してこなかったのか。これは、自然淘汰が強力なものであるからと普通答えられるが、そうではなくて、人間のからだは「妥協のかたまり」であるからだという。なぜ人間には、生存を圧倒的に不利にする近視の遺伝子があるのだろうか。なぜ妊娠中という生殖にとって決定的に重要な時期に、妊婦は「つわり」を感じてわざわざ自分と胎児にとって不利になるのだろうか。なぜ我々の血管はコレステロールをためてしまうのだろうか。こういった問題を「進化」を通じて、玉手箱から面白い事例を出すように答えてくれる書物である。

私自身は歴史の研究者で、進化医学については、授業で時々事例を出す程度だけれども、この手の本は、形を変えれば(きっと、かなり本質的な変更が必要になるのだろうけれども)、本格的な歴史学の考え方に使える視点が隠れているような気がしている。でも、今日の歴史の授業で、「日本人は海辺に住んで長いこと魚を獲って暮らしているのに、なぜ水かきがついていないんでしょうかね」と学生に問いかけたのは、ちょっとまずかった(笑)