ギルガメシュ叙事詩

必要があって、ギルガメシュ叙事詩を読む。矢島文夫の訳がちくま学芸文庫から出ている。

もとはと言えば疫病に関する記述はないかとチェックした本で、疫病については細かい記述はなかったけれども、ライオン、狼、飢饉、洪水とならぶ人類の敵として登場するのは面白い。しかし、それ以上に、人類の文明が作った最初の詩だと思うと、愛おしいというか、これを読まずにはいられないような気持ちになって、もともと短い作品だから、ゆっくりと読んだ。冒頭から少しの部分だけ、要約する。

神に創られたギルガメシュは、2/3が神、1/3が人間の英雄であった。城壁と広場を持つ都市、ウルクを支配する王であった。ギルガメシュは美麗で賢く力強い王であったが、街の乙女をわがものにする横暴さをもち、ウルクの人には恐れられていた。ウルクの人々はこの窮状を神に訴えると、主神のアヌはこの願いを聞き入れ、大地の女神アルルにギルガメシュと競うことができる強い男を創るように命じた。アルルは、アヌの姿を心に描いて土くれを地面に投げつけると、その土くれはエンキドゥという名の強い男となった。

エンキドゥは雄雄しく力強い男であり、獣たちの間にまじって暮らしていた。その存在を知ったギルガメシュは、一人の女(宮廷の遊び女)をエンキドゥのもとにつかわす。女は、獣たちの水飲み場にやってきたエンキドゥを誘惑する。

彼が獣に水飲み場で水をやるとき
女は着物を脱ぎ、女の魅力をひらきしめせ
女をみると彼は女の方へ近づくだろう
野で育った獣たちは彼を見捨てるだろう

そして、女と六日七晩交わったエンキドゥが野の獣たちを見ると、もはや獣たちを彼を仲間として認めず、恐れて逃げるのであった。あまりにも月並みな感想で申し訳ないけれども、もとは野獣の仲間だった男が、女を知って、野獣の仲間から離れて文明へと向かうというテーマは、「男性が文明を、女性は自然を象徴する」という、ジェンダー論でよく聞くモデルと大きく違って、ちょっと好奇心をかきたてられる。

この、文明化の力としての女がエンキドゥをウルクの街に連れて行ってギルガメシュに会わせるときのシーンが、とても美しい。 

彼女は着物をひきさいて
その一方を彼に着せ
他の着物を彼女は自分で着て
彼女は彼の手をとり
母親のように彼を連れて行った

・・・まるで、映画の一シーンのようじゃありませんか? これが4000年前とかに書かれた叙事詩だと思うと、不思議な気分になる。あの粘土板に描かれた奇怪な楔形文字を解読して、この太古の詩があらわれたときの考古学者は、さぞかし感動したのだろう。