『天城越え』

新国立劇場の『鵺』で田中裕子さんを観たので、懐かしくなって彼女の映画作品を借りて観た。三村晴彦監督の『天城越え』(1983)。渡瀬恒彦、平幹二郎、吉行和子といった名優たちが勢ぞろいしているけれども、映画全体が、田中裕子さんが演じる娼婦(原作の表現ではたしか「酌婦」といった)に焦点を絞り込んで作られている。原作は松本清張で、この作品以外にもTVドラマ用に二回映像化されているそうだ。なお、以下にはネタバレがあります。

天城の山中で半ば浮浪者のような土工(どこう)が殺されて、嫌疑は、下田の娼婦ハナにかかる。ハナは、その天城を越える道中で金に困って、偶然ゆきあった土工を客に取り、代金として一円札を受け取っていた。その一円札には、先日に土工が別の宿に泊まったときに宿屋の主人が恵んだものであり、宿の主人による「この人をよろしくお願いします」というようなメモが記されていて、別の旅館でハナが宿代を払ったときに、娼婦だから妙な病気を持っているかもしれないと、旅館はその一円札を傍らによけておいたので、その札を特定することができた。殺人現場の近くにあった氷小屋の足跡も、ハナの足と同じ大きさであった。証拠はほぼ完璧に見え、ハナは拷問に近い取調べのあとで自白する。後にハナは自白を翻し、証拠不十分ということになるが、結局は留置場で死ぬ。

実は、真犯人はハナではなく。ハナが土工と出会う前にゆきあって、一緒に道行をしていた14歳の少年であった。少年は、ハナが自分の傷ついた足を手当てしてくれるときに恋に落ちて、ハナと土工との交接の現場を見て、理不尽で凶暴な嫉妬にかられ、土工をめったざしにして殺したのだった。ハナを逮捕した刑事(渡瀬恒彦)が、45年後にその事実をつきとめ、いまは成人したかつての少年(平幹二郎)を追い詰める話がからむ。

薄暗い亜熱帯を思わせる初夏の天城の映像に、その中を娼婦の衣装そのままで歩く田中裕子さんは、シュールレアルにエロティックで、息を呑むほど美しい。記憶をたぐると、学生のころには、それほどのインパクトはなかったのだけれども。