精神分析の誕生


必要があって、精神分析の誕生を論じた書物を読む。文献は、L. シェルトーク、R. ド・ソシュール『精神分析学の誕生―メスメルからフロイトへ―』長井真理訳(東京:岩波書店、1987) 

「解説」の中で中井久夫も書いているが、この書物がフランスで出版される直前に、似たような問題関心で、しかもはるかに大規模で深い学識に基づいて「精神分析の誕生」を跡付けた書物が出版された。エレンベルガーの『無意識の発見』という、翻訳だと上下二巻本の大著である。その陰に隠れて、いまいち知名度が低く、私も読んだことがなかった。エレンベルガーと較べるのは酷だし、露骨に出ているフランス中心主義とフロイト勝利史観は歴史の研究書としての価値を下げているけれども、そんなに悪い本ではない。

話を、フランス革命前夜のパリのメスメリズムとその批判から説き起こしている。催眠や心理療法のコアだと考えていた「動物磁気」(仮想された流体)を信じていたメスメリズム、それをすべて想像力によるもの、あるいは男性の治療師と女性の患者の間の官能的な関係によるものだと批判した動物磁気論争は、そこから100年かけてフロイトの精神分析の概念が形成される母胎となった。ナンシー学派とサルペトリエール学派の論争と、シャルコーのすぐれた臨床観察の中には生理学的・機能的な理解と併存していた心理的なヒステリー・神経症理解を、フロイトが取りだして発展させていく過程が描かれている。粗雑に批判するとしたら、フランスを舞台にして、フランスの素材を使ってフロイトが偉大な発見をする過程を描いた、フランスのフロイト派に偏った歴史書ではあるけれども、それぞれの医者の概念の分析はエレガントであるし、理論の中に医者と患者の関係性がどのように組み込まれているかという分析の実践を読むのは、大いに参考になった。

メスメルを批判した調査委員の一人であるバイイという天文学者(革命時にギロチンで斬首された人物で、皮肉なことに、ギロチンの生みの親であるギヨタンもこの委員会にいた)が書いた別の報告書では、メスメルの動物磁気治療の「成功」を、「想像力」から一歩踏み込んで、より性的なものに解釈している。「女性を磁化するのは常に男性である。その場合、両者の間に作られる関係は、なるほど医者と患者の関係である。とはいえ、この医者はひとりの男性である。病気がいかなる状態にあろうとも、病気は決してわれわれから性を取り去ってはくれないし、異性の性の力を完全には遠ざけてくれない。(中略)[男性治療者と女性患者の]長期にわたる接近の持続、身体的接触が不可欠であること、二人だけで交わされる熱情、まなざしの絡み合い、こうした手口は、高まる気持ちと愛情を確実につたえるために使われる、おのずと知れた常套手段である。」

・・・革命前夜の物騒がしい不安の中で、メスメリズムの危険を深刻に受け止めているのは分かりますが、そこまで生々しく書きますか、天文学者のあなたが(笑)

画像は、メスメリズム(「動物」磁気)を風刺したもの。