セックスと生命

必要があって、ホルモンについての研究書を読み直す。文献は、Sengoopta, Chandak, The Most Secret Quintessence of Life: Sex, Glands, and Hormones, 1850-1950 (Chicago: University of Chicago Press, 2006)

内分泌学の歴史を中心に性科学の歴史をまとめ、それを文化と社会の中に置いた優れた研究書。この書物はもっと知られてよい、というか、必読書だと思う。

内分泌学は、その学問としての始まりからして、ひとつのメディアイヴェントであり、市場経済の中に深く組み込まれていた。1880年代末に指導的な生理学者・神経学者のブラウン=セカールが犬の睾丸をすりつぶして自分に注射したら若返ったと報告したときに、それは内分泌の発見という重要な科学上の業績であると同時に、メディアと市場を興奮させ、市場に出回っているいんちき薬そのものではないかと同業の科学者たちの眉をひそめさせた。実際、ブラウン=セカール以前にもドイツの学者たちは、動物の排卵などは神経系によってのみ統御されているのではないことを示していたが、ブラウン=セカールがメディアで引き起こした興奮の前に、彼らの業績はかすんでしまうことになった。内分泌の研究は、それを利用した「若返り」の方法をみつけて販売しようという市場の力に深く影響されることになった。ウィーンのオイゲン・スタイナハのマウスなどを使った実験室の研究は、男性ホルモンと女性ホルモンが、まるで綱引きをしているかのように対抗し対立しているというわかりやすいモデルに基づいていた。このモデルは、のちに洗練された内分泌系のフィードバックの理解によって乗り越えられ、男性も女性も、男性ホルモン・女性ホルモンの双方を持っていて、両者の微妙に変動するバランスが性の機能を統御するという理解が確立され、人間の「化学的な両性具有」の発想が実験室では理解される。しかしその一方で、市場においては、男性ホルモン・女性ホルモンという対立的な理解に基づいて若返り薬が販売されることになる。 

一つ、とても面白いことが、若返りと性の関係である。当たり前じゃないかと言われるかもしれないが、なぜこの文脈では若返りと性は結びついているのだろうか? 一度、資生堂の皮膚科学者からエイジングについてのお話を聞いたことがあるが、そのときのエイジング、アンチエイジングの議論からは、「性」の要素がかなり抜かれていたように思う。藪の周りをたたくようなコメントだけど。