売薬と医療専門職

必要があって、19世紀―20世紀の売薬と医療専門職についての論文を読む。文献は、Loeb, Lori, “Doctors and Patent Medicines in Modern Britain: Professionalism and Consumerism”, Albion, 33(2001), 404-425.

医療とビジネスの関係はいつでも微妙であり、この論文が扱っている19-20世紀は、医学が科学的になって専門職化が進んでいたにもかかわらず(たぶん、それだからこそ)、バランスをとるのが難しくなっていた。この時期は、いわゆる消費社会の第二段階に達していて、消費者としての選択が可能な状況が広まり、社会的な価値が購買力と物質的所有で測られるようになり、新しくエキサイティングでファッショナブルなものに対する欲望が広まっている中で、医者たちは専門職として立たなければならない状況に置かれていた。

その中で、売薬(当時のイギリスの言葉では、patent medicine といい、現在のOTC medicine にあたる)に対する医者たちのスタンスは、妥協であり、場合によっては露骨なダブル・スタンダードであった。一方で、それが無効であり患者にとって危険であり、内容がわからない薬(当時は企業秘密で売薬の内容を公表する必要はなかった)を与えることは医者の倫理に反することであると言いながら、それを患者に推薦する、場合によっては自分の氏名を隠して推薦することが行われていた。イギリス医師会の機関誌であるBMJは、その論説では売薬をぼろくそにけなし、売薬の内容を分析してその無益有害な内容物を公表する委員会をつくりながら、一方ではその誌面に売薬の広告を載せて広告料を取っていた。BMJに広告が載るくらいであるから、医者たちは患者に売薬を勧めることを、多少の後ろめたさを感じながら日常的に行っていた。