泉鏡花『天守物語』

泉鏡花『天守物語』
『天守物語』は大正6年に発表された戯曲であるが、鏡花は自作が上演されるのを観ることができず、初演は昭和26年の花柳章太郎であった。2011年に新国立劇場で公演された時に見損ねたのが口惜しい。映画化は1995年の坂東玉三郎宮沢りえのものがある。

封建時代の播州姫路の白鷺城の天守は最上階の第五重が舞台となる。季節は晩秋で、時は日没前から深更の、物悲しさから凄まじさが色濃くなる頃である。天守には、天守夫人の富姫がいる。27,8の美しい女だが、これは空を飛ぶ異界の女である。そこに海も山もさしわたしに風に運ばれて遊びにくるのが猪苗代湖の亀姫で、これも20ばかりの美女だが実は異界の女である。二人が、時に蓮っ葉な言葉を交わしながら慕い合うありさまや、侍女たちが、白露を餌にして秋草を天守の五重から釣ろうとするありさまは、市井と夢幻がまじりあう雰囲気である。

そこに、亀姫の従者がお土産として色白の男の生首をさしだして据えるあたりから、凄みがある残酷な色味がまじるようになる。亀姫の侍女の舌長姥が、この生首が血で汚れているといって、白髪をさばいて染めた歯を見せながら三尺ばかりの長い舌で血をなめて「汚穢やの、甘味やの」というのは、凄惨で残虐な美の名場面になるだろう。

天守下を通った城主播磨守の白い羽の雪のような鷹を、亀姫へのお土産として富姫が欲して、自ら姿を変じて鶴となって鷹をおびきよせて手に捕えたところから話が急速に進展する。鷹匠の美しい若い武士である姫川図書之助は、鷹を逃した責を問われて、人は入ってはならぬ天守五重を訪れて、いろいろあって(笑)、富姫はこの若き鷹匠を恋することとなる。二人の恋と、図書之助を追う武士たちの勇壮な立ち回りは、夢幻と残酷の前半とは全く違う雰囲気の世界を作り出している。