高砂族の自殺
奥村二吉「高砂族の自殺」『台湾医学会雑誌』vol.42, 1943: 200-214.
著者の奥村二吉は、のちに岡山大学精神科の教授となり、内観療法を提唱したことで名高い。この論文は、昭和11年から15年に台湾の高砂族の自殺を調査して、死後の霊魂と自殺についての思想、心理的・社会的・医学的な特質との関連で論じた論文。
この時期は、海外においてはデュルケムなどに刺激された自殺研究が蓄積され、日本の精神医学において自殺研究の機運がたかまり、大西義衛や小峰茂之のほか各地で精神病学者による自殺研究が行われていたが、それを帝国内の未開民族に広げたものである。また、精神医学は社会精神医学の方向性を強め、方法論としても、それまでの精神病院における臨床的な方法に加えて、「人類学的方法」「生態学的な方法」と名付けられた社会調査の方法が導入されて展開していた。これはドイツでもアメリカでも日本でも共通の現象である。自殺論と社会精神医学が日本の帝国において重なったところにこの研究は位置づけられる。
高砂族は死後の霊魂の存在を信じ、霊界では霊魂は祖先の霊魂とともに現世界と同じような生活をしている。現世で祭祀・祈祷を行って酒と肉を用意すれば、死後の霊魂はいつでも現世に帰ることができる。しかし、自殺者は先祖に悪い行為をしたり悪神に魅せられたものであるため、霊界では通常の安定した生活ができず、永く宇宙に漂う・寒い谷間で食物なしに放置されて再び死ぬ・天に昇って赤い星となるなどの、荒涼たる孤独が定められている。(このため、かえって自殺の連れが求められて、心中が行われることもある。)自殺の場所や自殺者の財産には強い嫌忌が定められるという。