三遊亭円朝の「怪談乳房榎」を読む。文献は三遊亭円朝『怪談牡丹燈籠 ; 怪談乳房榎』(東京:筑摩書房, 1998)
円朝は幕末から明治期にかけての落語家で、医学史では『真景累ヶ淵』で知られている。これは江戸期から存在した幽霊の女性である累の話と、幕末・明治期に欧米から流入した「神経」「神経病」をミックスし、さらに同音の「真景」の言葉遊びを加えて、幽霊などの話を「神経の現象である」という考えを広めた作品である。これについては、私も読んでみたけれども、落語には不案内なので、冒頭で触れられている神経の話が作品全体にどのような意味を持ったのかよく分からなかった。江戸期の恐怖の物語に欧米の「神経」「神経病」という語を付けただけなのか、それとも両者を深く融合させた作品なのか、これから考える機会があると思う。
怪談乳房榎は、比較的シンプルな物語構成を持つ。絵師に弟子入りした人物が奥方に横恋慕して無理やり関係を結んだあと、夫の絵師を殺害したのち、奥方と結婚する。絵師の幼い男子の赤子も殺そうとするが、この殺害を命じられた人物が殺せずにかくまって育てることになる。数年すると、絵師の恨みのために、奥方は体の中から鳥に乳房を食い破られて死に、男はまだ幼い男子に殺されるというストーリーである。話の中心には、乳房榎という民間医療に関連する主題がある。埼玉の赤塚という地の松回院なる寺に古い榎の木があり、乳と乳房に関連する病気を治す力を持っている。榎の木のうろに、乳の下がったようなものがあり、その先から乳のような甘い露が垂れて、これを竹の筒の先に入れて持ち帰り、赤子を持つ母親の乳房の先につけると出ない乳が出るようになる。あるいは、乳に腫物ができたときに、これを痛む箇所につけると治る。絵師の奥方も、絵師が殺されて自分が密通した男性と結婚した後に、乳に腫物ができたので、乳房榎から出た乳のような液体を付けるが、その結果は、腫れた箇所から食い破って異形の鳥が現れるという懲罰であった。
怪談乳房榎は、8月に歌舞伎座で上演される演目で、その予習でもあった。そう考えると、非常に演劇的な場面、舞台で見たら空恐ろしい情景となりそうな場面が多かった。