機械に影響される妄想について OBH メモ 

 
生活と文化に機会が大規模に関連してくることと関係があるのだろうが、欧米では1800年付近から機械に支配されているという内容の妄想が出版され、精神医学によって議論されるようになった。最も著名な例は、19世紀の初頭にイギリスはロンドンのべスレム王立病院の薬剤師であった John Haslam が刊行した Illustrations of Madness (1810)である。この書物の中で、当時ベスレム病院に収容されていた患者である James Tilly Matthews が持っていた 「空気織機」(air loom) という機械から送られる波と、それを操る数名のギャングによって自分の精神は支配されているという妄想が紹介された。20世紀の初頭には、ドイツはドレスデンの元裁判官であるDaniel Paul Schreber (1842-1911) が、自らの精神異常の内容の発展を詳密に描いたMemoirs of My Nervous Illness (1903) を刊行した。いわゆるシュレーバー症例と呼ばれる、精神疾患の患者による自らの精神疾患の内容の記述として最も著名なものである。そこでも、機械仕掛けの装置やそこから出てくる光線などの内容が語られている。この症例は、フロイトによって「分析」されてその結果は1911年に出版された。ヒステリーなどの神経症から出発したフロイトとしては、初めて執筆した精神病(psychosis)の症例の分析であった。なた、フロイトの弟子となった法律家の Victor Tausk (1879-1919) は1919年に、機械によって「影響する機械」という主題についてまとめた論文を刊行した。自分の精神などが機械に影響されているという妄想を持つ、元哲学の学生で当時31歳のNatalija A. という女性患者の症例に着目し、そのような症例の特徴をいくつか挙げている。通常の hallucination のように三次元の妄想を見るのではなく、二次元の平面に描かれた形で観ること、機械が波や光線を送ってくること、身体に運動や男性の場合は勃起や射精が起きることなどが論じられていた。1922年には、ハイデルベルクの精神病患者の芸術作品のコレクションを管理していた精神病医であるハンス・プリンツホルン (1886-1933) は、Artistry of the Mentally Ill を刊行し、そこではある人物が手に持つ機械から波が発されて影響を与えるという非常に印象的な患者自身による図像とその分析とともに刊行された。
 
20世紀初頭の日本の精神病学には、機械に影響される妄想が存在することはいち早く導入されていた。ことに、大内郁 (Kaoru Ouchi)の詳細な優れた研究が示すように、美術の世界においては、主として日本の医学者たちの媒介により、プリンツホルンの影響は非常に急速であった。日本の美術雑誌などに、プリンツホルンの著作が最初に用いられたのは、ドイツ語原書の刊行の翌年である1923年であり、美術雑誌である『みづゑ』の11月号の巻頭の挿絵としてプリンツホルンの著作からの絵画が掲載された。2年後の1925年からは、医学者や精神病医たちが美術の世界にプリンツホルンを紹介する。1925年の美術雑誌『アトリエ』の第3号には、東大で生理学を学びのちに文部省体育局の局長となった小笠原道夫 (Michio Ogasawara, 1899-1955) がプリンツホルンから7点の作品の図版を含む12頁にわたる記述を行った。1932年の猟奇雑誌『犯罪公論』の2月号には精神病医の野村章恒(Akichika Nomura, 1902-1985) が10点以上の図版を含むプリンツホルンの紹介をして、1935年には精神病医の式場隆三郎が『文学的診療簿』に「精神病者の絵画及び筆跡」という章を含めて、そこでプリンツホルンを重点的に紹介する。野村と式場は、後の日本の精神医学における絵画や芸術作品に関する指導的な活動者になる。
 

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Haslam, Illustrations of Madness (1810), Wellcome Library Images.  
Jakob Mohr, Proof [c1910], Prinzhorn Collection.  
 
 
Jay, Mike December. The Air Loom Gang : The Strange and True Story of James Tilly Matthews and His Visonary Madness. London: Bantam, 2003.
 
大内, 郁, カオル オオウチ, and Kaoru Oouchi. "日本における1920〜30年代のh.プリンツホルン『精神病者の芸術性』の受容についての一考察." 千葉大学人文社会科学研究, no. 16 (2008/03 2008): 66-79.
 
Roazen, P. and 啓. 小此木 (1987). ブラザー・アニマル : フロイトザロメ、タウスクの世界 . 東京, 誠信書房, 1987.8.
 
Tausk, Victor, and Dorian Feigenbaum. "On the Origin of the "Influencing Machine" in Schizophrenia." The Journal of Psychotherapy Practice and Research 1, no. 2 (Spring 1992): 184-206.
 
Translation and translator's note reprinted from Psychoanalytic Quarterly 2:519-556, 1933.