デンキが出るアメリカ!

 19世紀の人間身体と発電・送配電システムのアナロジーを学ぶ。

 今回は大著の一部だけをピックアップ。4月の初めにある学会で読むペーパーで、久しぶりに科学的なコンセプトの分析も取り入れた話を作らなければならない。これまで社会史と疫学の仕事が続いたので、「概念分析」をするのはPhD以来で15年ぶりになる。頭の働かせ方を忘れていないかどうか、ちょっと心配。しばらく前にコッホを読んだときに、科学論文についていくことができたので安心した。

 知りたかった情報とアイデアは簡単である。神経衰弱の理論で有名なNYの医者、ジョージ・ビアードが同じNYのエジソン(「メンロパークの魔術師」)と知りあいで影響を受けていたこと。ビアードにとってエジソンの発電・送配電システムは身体のアナローグであり、ビアードの名前を有名にした「神経衰弱」の概念は、NYに電気を供給するシステムからヒントを受けている。身体の中でエネルギーが作られ、電気の形に変えられて神経を通って身体の各所に運ばれ、色々な機能を果たすというエジソン的な都市になぞらえられた身体理解に基づいていて病気の原因と治療が概念化されている。電気の量が足りなかったり多すぎたり、あるいは流れが滞ったりすると、配電システムの中の部分のパフォーマンスが悪くなるように、神経の中を電気エネルギーがうまく流れないと、さまざまな不調が現れる。だから、そういう病気を治すには、電気治療が一番いい。-- シンプルだけど、実は含蓄に富んでいて、身体のメタファーを研究している医学史家たちにもっと注目されていい情報である。(もしかしたら、私が知らないだけで、既に注目されているのかもしれないが。)電気治療のアナローグは、あるひとつの電気機器-デカルト的な人間機械の電気ヴァージョン-を直すことではなくて、身体という<都市>の整備であったというのは、少なくとも私は見落としていた。

 この本は新しい技術史の傑作としてよく薦められているのを見かけていた。ごく一部を読んだだけだが、なるほど、こういう本なら評価が高いだろうなと納得した。多様なアプローチと色々なジャンルの資料を自在に使いこなしている。その多様なアプローチの中には、socio-philological (文献学的社会史)なアプローチまであった。昨年ハーヴァードに移られた栗山先生がこの手法の巨匠だが、科学概念がどのように日常語に入っているか、ということから身体の社会史を研究する手法である。この時代の英語は、電気の概念から数多くの日常語を作り出した。この書物のタイトルの Electrifying America の electrify という動詞が、好例である。他には human dynamo (人間発電機-これは日本語にないと思う)、recharge (充電する - これは日本語でも言う)、feel the electricity (男女が惹かれる- 松田聖子さんの「ビビビッときた」っていうのは、これを訳したのだろう)英語には、電気概念から借りた日常語が日本語よりずっと多いことは確かだろう。きっと日本語は、この手の概念は全て「気」が一手に引き受けてしまっているのだろう。「元気」「気合」「気力」・・・ Thus the title of the entry!

文献は Nye, David E., Electrifyin America: Social Meaning of a New Technology, 1880-1940 (Cambridge, Mass.: The MIT Press, 1990)