トマス・ザズ以来の古典的な問題である「精神病は実在するか?」を論じた書物を読む。文献は Pickering, Niel, The Metaphor of Mental Illness (Oxford: Oxford University Press, 2006)
トマス・ザズ(Thomas Szasz)はニューヨークのシラキューズ大学の精神科の教授。1960年代に出版された一連の書物で「精神病は実在しない」という論陣を張った。彼自身はいわゆる反精神医学の陣営には与さなかったようだが、彼の議論は当時の反精神医学の潮流にフィットして、一世を風靡した。今も手に入るかどうか知らないが、翻訳も何点かあったと記憶している。本書は、彼が提起した「精神病は実在するか」という問いを改めて取り上げて論じなおした書物。結論から先に言うと、「精神病は、医科学が作り出した概念として・メタファーとして存在する」という議論である。哲学者らしく、議論の細かいところはぴしっと論じていて気持ちがいい。特にザズの議論を likenss の議論であると批判し、精神病が実在するためにはそれが他の身体の病気に「似ていなければならない」というザズの議論の大前提を批判するあたりは面白い。Likeness の議論をいくら重ねても、精神病の実在を肯定も否定もしないということだろう。そこから、医者たちが、診断やカテゴリーを「メタファーによって」作り上げるメカニズムへと、我々の注意を向けたのも歓迎するべき方向だろう。このあたりの細かい議論の冴えはインスピレーションに富む。引き出された結論そのものに何か意味があることかどうかは、確信を持てないけど。
以下は Wiki からの駄弁。ザズはもう90歳近いが、いまだに健在でADHDなどについても発言しているそうだ。(読む前から内容は予想できるような気もするけど・・・)さらに、Wiki にはザズとトム・クルーズが並んで写っている写真が載っている。アクション映画のスターだとばかり思っていたクルーズが、「あなたたちは精神医学の歴史を知らない。私は知っている」(You don’t know the history of psychiatry. I do.) とTVで「精神医学史家宣言」をして、突然私の同業者になった時には肝を潰した。(私の同業者たちが、意外にこの重大発言を知らないので書いておく。)そうか、クルーズが精神医学史家になったのは、サイエントロジーとザズという繋がりだったのか。
冗談はさておき、ザズやクルーズも後援している精神医学の破壊性を暴くと銘打った大掛かりなDVDが、kebichan さんの精神科医の犯罪を暴くブログ(ここしかない!という感じですね)で紹介されています。