結核菌とレッセ・フェール

スウェーデンのイエテボリとイギリスのバーミンガムにおける結核対策の違いを分析した論文を読む。文献はNiemi, Marjaanna, “The ‘Disappearance of Environmental Problems: The Re-Focusing of Public Health Policies in British and Swedish Cities, 1890-1920”, in Environmental Problems in European Cities in the Nineteenth and Twentieth Centuries (Muenster: Waxman, 2001), 121-141.

 19世紀・20世紀になると先進諸国の医学・医療政策は似てくるという側面を持っている。種痘、急性感染症対策、結核対策、梅毒対策、乳幼児死亡対策、母子衛生・・・多くの先進国が、ほぼ同じ時期に同じ目標を掲げた政策を実施した。しかし、その中身というのは地域の政治・経済・文化的な要因に媒介されて大幅に変わってくることは容易に予想がつくし、この手の比較研究というのはわりと沢山ある。この論文はそういった手法を用いた論文の中でも出色だと思う。何かとても目新しい概念を使っているわけではないと思うが、どのように・どんなメカニズムで二つの都市の結核対策が違ってきたのかということが非常にクリアに描かれている。イエテボリでもバーミンガムでも劣悪な住宅状況が結核を広めているという同じ合意から出発したのに、イエテボリにおいては重症患者のサナトリウム収容によって結核菌の蔓延を防ぐという細菌学的な手段が取られ、一方バーミンガムにおいては労働者が生活様式を改善し健康によい食品を購入し、市場や私的領域の判断によって、結核への抵抗力が大きい健康な身体を獲得できるような教育に重点がおかれた。当たり前の話だが、記述に深みと的確さがある。必ずしもメジャーな媒体に出版された文献ではないが、水準が高い。