必要があって、AIDS対策の国際比較制度史の書物を読む。文献は、Baldwin, Peter, Disease and Democracy: the Industrialized World Faces AIDS (Berkeley: University of California Press, 2005). 同じ著者が2000年に上梓した Contagion and the State とよく似た発想の、公衆衛生の国際比較制度史。 Contagion and the State はその領域で50年近く問題を分析するのに使われてきた基本パラダイムを書き換えることに、少なくとも部分的には成功している傑作だった。この本は、さすがにそれほどではないけれども、やはりいい本だと思う。特に、最終章は非常に優れていて、これは、大学院レヴェルのリーディングマテリアルに使える。
ポイントは三つ。先進国は同じバイオメディシンのパラダイムでHIV ウィルスを理解しているが、その公衆衛生的な対応が大きく違っていることを指摘すること。第二に、この違いは、政治的なイデオロギーから予想されるものではないこと。例えば、個人の自由を重んじる国であるアメリカが、他の先進国に較べて個人の自由を制限するAIDS対策を行っていることや、福祉国家のお手本であると自他ともに任じているスウェーデンが、最も強権的な対策を行っていることなど、AIDS対策を政治学者が見ると、意外性があるものになっている。第三に、この違いは、AIDSが流行する100年以上も前の19世紀にできた公衆衛生政策の骨組みによるものだという、「経路依存性」(path dependence) の主張である。
この中で、ただひとつ、方向転換といっていいものを成し遂げたのが、ドイツだという。バヴァリアを除くドイツの諸連邦は、伝統的な強権的な公衆衛生的な対策を行うことができる感染症予防法を AIDSに適用せず、特別な立法で対処することとなった。なるほどね。