「細菌学革命」再考

 必要があって、「細菌学革命」を再考した大著を読む。文献は、Worboys, Michael, Spreading Germs: Disease Theories and Medical Practice in Britain, 1865-1900 (Cambridge: Cambridge University Press, 2000)

 1870年代から90年代にかけてのコッホやパスツールに代表される「細菌説」は、かつては医学史の中での一つの革命だと考えられていた。近年は、その断絶と同時に連続も強調するリヴィジョンが進んでいる。Nancy Tomes の、Gospel of Germs が、19世紀中葉以来の宗教的なパラダイムの中での衛生運動と新しい科学である細菌学を志向した公衆衛生との連続を示した。ほぼ同時に出版された本書は、より狭義の医学における細菌説以前と以後との連続を強調している。具体的な論点はかなり込み入っているが、細菌学は、それ以前の「ミアズマ説」と対立したというよりも、それに付け加えられて補強したと考えるべきだというのが大きな論点である。特に「土壌と種子」の比喩と呼ばれる、細菌はその生育に好意的な体内環境に侵入して初めて発病するという考えがイギリスの医学の色々な局面で大きな力を持っていたという。
 
 日本に関して言うと、細菌学の受容と西洋医学の受容が時期的に重なったせいで、伝統的なヒストリオグラフィも、それを批判すると称している歴史学者も、明治維新以降の公衆衛生、特にコレラへの対策の断絶を非常に強調している。断絶があったことは言うまでもないが、重要な点において連続しているという論文をいま用意しているので、非常に参考になった。