ニューヨークのブタ

 アメリカの公衆衛生の歴史のスタンダード・レファレンスに目を通す。文献はDuffy, John, The Sanitarians: a History of American Public Health (Urbana: University of Illinois Press, 1990).

 アメリカの公衆衛生の歴史の大事なポイントを時代ごとに説明しているケレン味がない本で、通して読むには単調すぎるかもしれないけれども、参照するたびに教えられることが多い書物である。

 今回はコレラ流行がアメリカの社会と医学にどんなインパクトを与えたのかということの確認。1832年の流行が作り出した、各々の都市の公衆衛生行政のシステムは一時的で短命なものであって、流行病の自然終焉とともに、その都市の公衆衛生委員会も自然消滅していた。しかし1832年の流行は清浄な上水への需要を定着させたという。アメリカでは衛生の公権力による供給よりも、市場における需要が先だというパターンを確認した。

 ニューヨークだろうがニューオーリンズだろうが、コレラが来ると都市の人口のかなりの部分(当時の推算によると1/5)は逃げ出し、街の経済活動はほぼ停止していた。何度も書いたけれども、これが日本の都市との最大の違い。 

 もう一つ面白かったのが都市で飼われているブタの説明。現在の東京二十三区で豚が何匹飼育されているか知らないが、1842年のニューヨークでは約一万匹のブタが飼われていて、そのブタたちが、街の道路をのし歩いて好き勝手に糞をするのが大きな問題になっていた。ところがこのブタたちは、各家庭で出た生ごみなどを食べる、ごみ処理の機能も担っていた。(バイオディスポーザルとでも言えばいいのだろうか。)それに加えて、貧民がいざという時の食料源にアパートの地下室でブタを買うことも広まっていたので、街も軽々しくブタの飼育を禁止するわけにはいかなかったという。

 日本の都市で、し尿を肥やしにして農村に還流することが、環境先進都市・江戸の偉大な達成であるように言われているけれども、ブタを使った異種動物共生型のバイオディスポーザルもそんなに悪くない(笑)。